十神力
十神力
じゅうじんりき
法華経如来神力品に説かれる仏の一〇種の神通力のこと。
仏は滅後未来世のために要法を付嘱しようとして、一切の大衆の前において一〇種の大神力を現された。
「爾の時に世尊、文殊師利等の無量百千万億の旧住娑婆世界の菩薩摩訶薩、及び諸の比丘・比丘尼・優婆塞・優婆夷・天・龍・夜叉・乾闥婆・阿修羅・迦楼羅・緊那羅・摩睺羅伽・人非人等の一切の衆の前に於て、大神力を現じたまふ。
広長舌を出して上梵世に至らしめ(略)時に十方世界、通達無礙にして一仏土の如し」の文である。
十神力とは、吐舌相(とぜつそう)・通身放光(つうしんほうこう)・謦欬(きようがい)・弾指(たんじ)・地六種動(じろくしゆどう)・普見大会(ふげんだいえ)・空中唱声(くうちゆうしようしよう)・咸皆帰命(げんかいきみよう)・遙散諸物(ようさんしよもつ)・通一仏土(つういちぶつど)の一〇である。
(1)の吐舌相とは仏が広長舌を出して梵天に至らしめることで、仏の不妄語を表す。
(2)の通身放光とは全身の毛孔から光を発し、あまねく十方世界を照すことで、仏の智慧が広く一切に及ぶことを表す。
(3)の謦欬とは法を説く時に咳払いをすることで、仏が将に真実の大事を語らんとすることを表す。
(4)の弾指とは指をはじく、つまはじきすることで、随喜を表す。
(5)に地六種動とは謦欬・弾指の二つの音声があまねく十方の世界に聞えて、大地が六種に震動すること。
天地感動の現れで、六種とは初心から後心へ住・行・向・地・等・妙の六番を経て、衆生の無明の惑を破り清浄ならしめることを表す。
(6)普見大会とは十方世界の一切衆生が虚空会上の二仏並坐の尊形を拝することが出来て歓喜すること。
諸仏の道が同じであることを表す。
(7)の空中唱声とは諸天が虚空において十方世界の衆生に向って、本仏釈尊が娑婆世界において説く妙法蓮華経を深心に随喜し、本仏釈尊を礼拝し供養せよと高声に告げること。
未来にこの教法の流通することを表す。
(8)の咸皆帰命とは空中の声を聞いて十方世界の一切衆生が悉く釈尊に帰依すること。
未来にこの教法を受持する人々で国土が充満することを表す。
なお経文では釈迦牟尼仏への帰命のみのようであるが、(7)の空中唱声において法華経に随喜し釈迦牟尼仏を礼拝供養せよとあるから「南無釈迦牟尼仏」との帰命の語の中に「南無妙法蓮華経」は具わっているのである。
即ち日蓮聖人は『撰時抄』に「神力品の十神力の時、十方世界の一切衆生一人もなく、娑婆世界に向かって大音声をはなちて、南無釈迦牟尼仏 南無釈迦牟尼仏、南無妙法蓮華経 南無妙法蓮華経と一同にさけびしがごとし」(定一〇〇八頁)と末法法華広布について記している。
(9)の遙散諸物とは十方から仏に供養する珍妙なる諸物が、雲のように集まり諸仏の上を覆うこと。
未来にこの教法に基づく行法のみになることを表す。
(10)の通一仏土とは十方世界がこの娑婆世界と融通して一仏国土となること。
未来に一切衆生の仏知見が開かれ妙理があまねく国土に行きわたることを表す。
天台大師智顗は、この一〇種の神力を二分して、前の五神力は在世のため、後の五神力は滅後のためのものと説く(『法華文句』巻一〇)。
日蓮聖人は『観心本尊抄』において、一往天台の解釈に準じつつも、神力品偈頌の「仏の滅度の後に、能く是の経を持(たも)たんを以ての故に、諸仏皆歓喜して、無量の神力を現じたまふ」の文に注目して「此の十神力は妙法蓮華経の五字を以て、上行・安立行・浄行・無辺行等の四大菩薩に授与したまふなり。
前の五神力は在世の為、後の五神力は滅後の為なり。
爾りと雖も、再往之を論ずれば、一向に滅後の為」(定七一八頁)と述べて、十神力はすべて滅後末法のためのものであると説く。
即ち末法のために妙法五字を本化地涌の菩薩に付嘱せんとして現すところの神力と釈するのである。
《『遺文辞典』教学篇「十神力」の項、『日蓮辞典』「十神力」の項》