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五悔

ごげ #440

五悔

ごげ

の五法。
天台宗で修する五悔と真言宗で修する五悔(真言宗では「ごかい」と読む)とがある。
天台宗では『摩訶止観』巻七下に円教次住について述べる段に、四種三昧に関説して説かれた法華懺法をいう。
法華三昧を修する者が昼夜六に修する五種の懺法。
(1)懺悔(おのれの過を発露する)
(2)勧請(その決意に対して如来の大慈悲の力を祈り求める)
(3)随喜(他の善根を喜ぶ)
(4)回向(おのれのなし得た善根を回して菩提に向わしめる)
(5)発願(堅固な誓願を発して行の退役を防ぐ)をいう。
真言宗では普賢の十大誓願を(1)帰命(2)懺悔(3)随喜(4)勧請(5)回向の五悔におさめる。
金剛界法に用い、懺悔礼拝を表明したもので法会で唱礼する。
日蓮聖人は滅罪について、『涅槃経』の「転重軽受」や法華経の不軽菩薩の値難を例に『転重軽受法門』に「過去の誹謗のゆへかとみへて、其罪畢己と説は、不軽菩薩の難に値うゆへに、過去の罪の滅するかとみへはんべり」(定五〇七頁)と、受難のなかに自らが、過去に謗法を犯したことを見出し、受難によって、そのを消していき、後生の大楽を受けるのだとしている。 受難とは法華経弘通、さらには題目受持によることである。
一如日重は『愚案記』において五悔について宗義解を述べている。
(1)「懺悔」については、題目を受持し、罪障消滅臨終正念等と唱えること。
(2)「勧請」とは本師釈迦牟尼仏をはじめ諸仏諸尊に対し「未来値遇の縁を結ばしめ玉へ、罪障消滅南無妙法蓮華経と祈求するは我等が上の勧請なるべし」(『愚案記』二三巻一五-六丁)と述べ、
(3)「随喜」については、『唱法華題目抄』の、法華経を行ずるのを見てわずかに随喜の心を起こす人も或は十方の浄土往生し、即身成仏する、の文を掲げ、また五十展転随喜の功徳を示し、
(4)「回向」については、日蓮聖人の死身弘法の行業こそ、末法われらに向けられた御回向であるとし、
(5)制「発願」については、(イ)釈尊の御願は寿量品偈の結文「毎自作是念 以何令衆生 得入無上道 速成就仏身」にみられる衆生を引導する本願をいい、(ロ)日蓮聖人の御願は『開目抄』の「詮するところは天も捨て給へ、諸難にもあえ、身命を期とせん」(定六〇一頁)以下の三大誓願をあげ、(ハ)日重が常の願として「私云、智者に我が義をやぶられずばと御遊す、殊勝也。 無に強し玉ふに非ず、此の御心中を知らずして法華宗の情ごはなど云也、留心可し」(『愚案記』二三巻二二丁)と述べている。
《渡辺宝陽『日蓮宗信行論の研究』、『遺文辞典』教学篇「五悔」の項

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