臨終正念
臨終正念
りんじゅうしょうねん
臨終は臨命終時(りんみようじゆうじ)の略語で「命終の時に臨んで」とよみ、死期せまって命の終わるまぎわのこと。
正念は邪念・妄念の対語で八正道(はつしようどう)の一つ。
心が散乱動揺せずに安定し正しく仏を想念し続けることをいう。
迷妄を断って正しいさとりの智慧を得ることが仏教徒普遍の願いだが、死期に臨んで心乱れて邪念を起すことなく、平常心を持続し仏道成就を正しく念じつつ死を迎えることをいう。
法華経に臨終正念の成語はないが、不軽品に「臨命終時」、「臨欲終時」、宝塔品に「臨滅度時」等とある。
日蓮聖人は臨終の善し悪しを重視した。
ことに反浄土教論者として浄土念仏義を厳しく否定するに至ったが、その動機は念仏者の臨終正念をうらぎる臨終悪相・臨終狂乱を多く見聞したことによる。
厭離穢土、欣求浄土をかざしての念仏宗の流行は当時国内を風靡し、往生極楽のための臨終行儀(死のまぎわに修する念仏)・臨終勧念(死に際して念仏を勧めること)・臨終来迎(死の床に阿弥陀仏が現れて浄土に迎え入れること)等が説かれ臨終の善き様相が往生を保証するものと考えられた。
浄土宗はそのことを強調すると共に臨終正念の願望は一般化した。
聖人は浄土教徒の臨終の悪相・狂乱を知って疑惑を抱きこのことを追求した。
念仏の指導者多数が正念に背反することを調べあげ、十即十生・千中無一を誇称する浄土教義の破綻を指摘し、浄土宗が救いの指標となり得ぬことを宣言するに至った。
そして聖人の法華経信仰は、浄土念仏信仰と対比すれば「権経の念仏者の臨終正念を期して十念の念仏を唱えんと欲する者に百千万億倍勝るるの易行に非ずや」(定一一一頁)というようにはるかに超勝するものであって、ここに「念仏無間」との格言を生ずるに至った。
一方、臨終正念はだれしもが望む普遍の願いであったから聖人自身も深い関心をもって対応し、教義理念の中核を構成した。
右の浄土教への対応はその一つの例証だが、特記しなければならぬのは若き聖人が仏教を学び出家の道へとかりたてた要因が「されば先臨終の事を習」(定一五三五頁)うことにあったことである。
切なる問題関心として聖人は「臨終の事」に思いをめぐらし、そのことに対応し超克する仏教として法華経信仰に到達したのであった。
かくて聖人は聖人の教えが臨終正念であって死後の救済を約束するものであることを門弟に教示する。
一信徒の老母の死が「りんずう(臨終)のよくをはせし」(定一一四七頁)ことを喜び、正念裡に死没した信徒に力強く「日蓮が法門だにひが事に候はば、よも臨終には正念には住し候はじ」(定一四九一-二頁)といい、父を亡くした子に「故親父は武士なりしかども、あながちに法華経を尊み給いしかば、臨終正念なりけるよしうけ給はりき」(定八三六頁)と返報した。
聖人自身も、その死期の近いことを自覚された弘安四年(一二八一)の書状に「臨終わるくば法華経の名をりなん」(定一九〇三頁)と述べて臨終に対応し臨終の心構えを自己に確立していたのである。
そしてその臨終は門弟多数の見守るなか正念に住して生涯を終えたのである。
《『遺文辞典』教学篇「臨終正念」の項、『日蓮辞典』「臨終正念」の項》