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応身為正

おうじんいしょう #2155

応身為正

おうじんいしょう

応身を正と為す」と読む。
応身とは衆生の機感に応じて示現する仏身で、法・報・応三身の一である。 寿量顕本義を論ずる場合、この穢土に応現して八相成道せられる応身を正意と見る立場である。
天台大師智顗は、本門寿量品の釈尊は発迹顕本を契機として法身・報身・応身の三身円満具足の本仏が明かされたと解釈し、本地三身仏と垂迹三身とがあると見たのである。 そしてその三身の顕本の正意については「若し別意に従えば正しく報身に在り」(法華文句、第九下)と、報身正意の顕本義を立てたのである。
しかしこの寿量顕本義は種々に論議され、法身を中心とする法中論三の説、報身を中心とする報中論三の説、応身を中心とする応中論三の説がそれぞれ展開された。
日本の中古天台の相伝書である『一帖抄』には三身顕本の中で何を顕本の正意とすべきかの問いがあり、それに対し十重顕本を依用し「伝に云く、三身に亘て顕本を論ずべし。 法中論三の三身は住非迹非本の顕本也。 報中論三三身は住本顕本の三身也。 応中論三の三身は住迹顕本の三身也」(『天全』九巻四三頁)と、応中論三を住迹顕本に配釈している。 また『等海口伝抄』には「迹門は応仏の三身也。 本門報身三身也。 本迹不二の観心は法中論三の三身也」(同上、四九五頁)と記し、応中論三の三身迹門の義と見なしたことがわかる。
由来、この応身を正意とする顕本思想は、天台宗では檀那流の相伝とされ、事相の迹仏をそのまま久遠の本地身と開し、事相の迹仏と思う情を払拭すればそこに本地身が顕現されるという。 しかも本門の事とは八相成道応身、成とは本極法身の義であると説くものと伝えている。 行学院日朝の『法華草案抄』には、この顕本義について「檀那流には応身と云ひ、恵心流には此品詮の釈に任せて報身と云也」(第八巻四丁)と記されていることから、応身正意の顕本義は檀那流の相伝であったと解できる。
さて日蓮宗の教学史上においては、この寿量顕本義は行学院日朝らに代表される一致派は法身正意を標榜し、慶林坊日隆の流れを汲む八品派、あるいは日真門流では報身正意を主張し、日什門流でも報中論三三身説であったが、近世の本昌日受(一六九二-一七七六)によって、応中論三の三身説が樹立された。
日受は当一致派、勝劣派に対して日什門流の立場を闡明化し、日什門流教学の刷新を図ると同時に、近代にも影響を及ぼし、日什門流学の基盤を確立したものである。 そして日蓮聖人遺文では『開目抄』を重視した。 そこで日受の応身正意の顕本義をここに紹介しておきたい。
日受は『如實観録』に「寿量の顕本は正く応身に在り、当に知るべし具体とは直に理性の三身を指すに非ず、今は謂く釈尊無始の色心本具、無始の仏法界縁起、事理一体の応身は即ち是れ事法身也」(『宗全』六巻一五八頁)と、応身正意を明記し、更に「故に知ぬ、無始無終の仏界は但だ事理一体の応身を用て以て界の体を為す。 故に応身の外に更に界無し。 而るに徳の辺に約して以て三身と名づくるのみなり。 故に実を尅して体を弁ぜば、但だ一体の仏の応身なり」(同上)と、応身を体と見なして、三身の徳がこの応身にあるとしている。
しかもこの応身正意は日蓮聖人の立場であるとし、「宗祖応時の意は、正しく三身即一の応身を以て是を衆生本覚の体と為し、将た同居を以て土の本体と為す」(同上、六四頁)と記している。 そして日受はこの応身の体は事の一念三千の法体であって、事の三千因果具足の一大円仏、仏界縁起を説くことによって、仏の本願力を強調しているのである。
そこで問題となるのが、応身は有限的生命であるにもかかわらず、どのようにして無始無終を説明づけるかである。 その問題に対し、日受は相続常住をもって弁明しているのである。 ち『本迹自鏡編』には「我等修顕得体する時には必ず釈尊同体の本覚と成るべし。 釈尊もまた修顕得体のときには必ず先仏同体の本覚と成るべし。 其の先も亦復斯の如くにして、前前古相続して本絶ること無し。 則ち是れ報応各三無始常住の覚体・無始の本因本果、無始の始覚本覚、事の一念、事の三千の妙体なる者なり」(同上、六五頁)と、釈尊の成道已前に古仏を認めるのであるが、釈尊の修顕得体の全体と無始古仏の本因本果事の一念三千とは一体不二と見るのである。 つまり近因近果にして久遠の釈尊を顕すのが本因本果所顕の三身即一の応身であるという。
このように日受は釈尊所証の理体たる三千の境と同時に、始覚仏智である三千の観とを重視し、本仏の慈悲の縁起の絶えざる相続によって、無始常住を説こうとしたのである。
以上のように日受は応身を正意とする顕本義を主張したが、教相としての五百塵点劫解釈の問題が残され、また顕本された本地は、結局のところ理体の三千となって、本覚顕本とするということに陥ってしまう。 そこに矛盾があったといわねばならないであろう。
《『日蓮辞典』「応身顕本」の項》

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