仏界縁起
仏界縁起
ぶっかいえんぎ
什門教学の根幹をなす教学思想の一つで、同門流江戸中期の学僧、永昌院日受(一六九二-一七七六)が主張した法界観。
この法界は無始の本仏体内であり、応身為正とする久遠本仏の慈悲と知恵によって展開されている世界であるということ。
そしてこの世界が妙法であり、本仏によってのみ如実に知見された境界であって、我々凡夫の理性で観察して把握されるものでなく、仰いで信受渇仰すべき境界であるというのである。
この法界観から事一念三千論や事観論、顕本論等が論じられており、本仏釈尊によって体得された、修顕得体の修徳が一念三千であり、事観とは「信念口唱の当体」と述べ、信唱即事観とし、更に信心正行を説く。
こうした観法は己心を観ずるという如くの観法ではなく、本仏縁起の事一念三千を信受することであり、本仏の中に自己を見ようとするものであって、自己の中に仏を見ようというのではない。
当時の一致派が観念観法をいい、本尊に教観の別を立てるような教学の中にあって、以上のような本仏中心の仏界縁起による信心正因論を説いたということは、時機相応であったものといえるだろうが、日蓮聖人自身には仏界縁起観はない。
《「如実事観録」、「本迹自鏡編」『宗全』顕本法華宗部二》