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本化・迹化

ほんげ・しゃっけ #3342

本化・迹化

ほんげ・しゃっけ

本化とは本門教主釈尊によって、久遠の過去に化された弟子のことをいう。
迹化とは迹門の教主によって化された弟子達のことをさすのである。
まず本化は涌出品において「娑婆世界の三千大千の国土は、地、皆、震裂(しんれつ)して、その中より無量千万億の菩薩・摩訶薩ありて、同時に涌出せり」とあるごとく、大地の中から涌出して来た菩薩であって「身、皆、金色にして、三十二相と無量の光明とあり」といわれている。
その数は六万恒河沙といわれ、一々の菩薩に各六万恒河沙の眷属があるという。
したがって、その数は計り知れないが、みな本仏初発心からの本弟子である。
「この菩薩衆の中に、四の導師あり。一をば上行と名づけ、二をば無辺行と名づけ、三をば浄行と名づけ、四をば安立行と名づく」という四大菩薩があった。
「この四菩薩は、その衆の中に在りて、最もこれ上首の唱導の師なり」であり、「本化地涌の菩薩」とも「地涌千界」ともいわれている菩薩集団の代表者が、上記の四大菩薩であり、上行菩薩が上首として筆頭にあげられる。
世尊は涌出品において、他方の国土から来集した諸の菩薩達が、仏の滅後にこの娑婆世界で、この経典を護持し広く説くことを申し出たのであるが「止みね、善男子よ」とこれを制止され、この本化の菩薩衆を召し出されたのである。
この本化の出現に対して疑問を持った大衆のため、仏は答えて「この諸の大菩薩は、無数劫よりこのかた、仏の智慧を修習せり(略)われは久遠よりこのかた、これ等の衆を教化せしなり」と過去久遠に教化した本化に、末法における法華経弘通の付嘱を与えられ、使としての使命を授けられたのである。
日蓮聖人は特にこの点を重視し、妙法五字の題目を末法に弘める者は、本化上行以外にないことを論じている。
『曽谷殿御返』には「この五字を地涌の大士を召出して結要付属せしめ給ふ。是を本化付属の法門とは云ふ也。然るに上行菩薩等、末法の始め五百年に出生して、この境智の二法たる五字を弘めさせ給ふべしと見えたり。経文赫々たり。(略)釈尊より上行菩薩へ譲り与へ給ふ。然るに日蓮又日本国にしてこの法門を弘む」(定一二五三-四頁)とある。
経文に照してみて末法に法華経を身命を惜しまず弘めた者は「ただ日蓮一人なり」という自覚と体験から、『開目抄』では「法華経の行者」として、わが身が経文に符合したことを述べ、本化としての自覚を表明されるに至っている。
観心本尊抄』の中でも本化のことを「地涌千界」と称し、本門の教主釈尊の脇士となって、妙法五字を弘めることが説かれており、『法華取要抄』では「日蓮は広略を捨て肝要を好む。所謂上行菩薩所伝の妙法蓮華経の五字也」とあって、聖人自身が上行所伝の五字を末法に弘めていることを明らかにしているのである。
要するに本化とは本門教主釈尊の初発心の時からの弟子であり、本仏の脇士となって末法の世に、さまざまな法難を越え、身命を惜しまず、妙法五字を弘める者のことを指すのである。
聖人はこの本化の立場を、わが身の上に置いて経文のごとくに法を弘め、遂に「閻浮提第一の法華経の行者」として、末法の導師たる自覚に立ち、本化としての使命に生きられたのである。
更に聖人によれば末法の今の世に、法華経を弘める者は男女貴賤の別なく、皆、本化の菩薩であるといえるのである。

 次に迹化とは本化に対する語であって、法華経の迹門、及び爾前の諸経において教化された弟子達のことを指す。
『下方他方旧住菩薩事』によると、法華の菩薩に下方、他方、旧住の三種があり、下方は本化であるから、旧住菩薩と他方来の菩薩とが迹化に当る。
下山御消息』によれば「世尊、眼前に薬王菩薩等の迹化他方の大菩薩に、法華経の半分迹門十四品を譲り給ふ。これは又地涌の大菩薩、末法の初に出現せさせ給ひて、本門寿量品の肝心たる南無妙法蓮華経の五字を、一閻浮提の一切衆生に唱へさせ給ふべき先序のため也。所謂迹門弘通の衆は南岳・天台・妙楽・伝教等これ也。今の時は世すでに上行菩薩等の御出現の時剋に相当れり」(定一三一六頁)とあって迹化他方の大菩薩には迹門の一四品までは譲与されたが、これは本化地涌の大菩薩に本門の肝心たる妙法五字の法門を与えられる先序であり、仏の本旨はあくまで本化に本法を付嘱されるところにあったとする。
の滅後一千年の正法時代と二千年までの像法時代の人師は、迹化の人師であって観音の化身たる南岳慧思、薬王の化身たる天台を始めとして妙楽・伝教に至るまで、迹門弘通の衆、いわゆる迹化の人師にほかならない。
これら迹化の弟子は、法華経の迹門及び諸経典を弘め、衆生引導すべき使命を帯びているが、本化は末法に入って、その初めから法華本門の題目を弘め、闘諍堅固の世を救うべき使命を持っているのである。
それは迹化の時は、まだ機根が円熟せず、期も至っていないためである。
故に日蓮聖人によれば今末法に入った初めに、本化が此の国土に出現して本仏の脇士となり、一大白法妙法五字を弘めるべきであることを宣言されているのである。
『開目抄』や『観心本尊抄』ではこのことを明らかにしている。
如来の滅後五五百歳の初め、即ち末法の初めに本化によって一閻浮提に正法たる妙法五字広宣流布されることを明らかにされ、その本化の使いが「日蓮」その人であることを究明されているのである。
《上田本昌「日蓮聖人の上行再誕について」『棲神』四四号、『遺文辞典』教学篇「本化」「迹化」の項、『日蓮辞典』「本化」「迹化」の項、『岩波仏教辞典』「本化・迹化」の項

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