日蓮上人と日本国(高山樗牛作)
日蓮上人と日本国 (高山樗牛作)
にちれんしょうにんとにほんこく
高山樗牛が日蓮聖人の国家観を論じた著作。
明治三五年(一九〇二)六月に執筆。
「日蓮は真正の愛国者也」と主張し、国家主義の宗教ではなく法華経の真理を現実の国家よりも大なるものとし、法華折伏によって亡国の日本を再生していく事実を捉えたもの。
執筆の直接の動機は、同月に『太陽』誌上に発表した「日蓮と基督」を読んだ人々から提出された、「謗法の日本は滅ぶべしといった日蓮は日本国の大不忠漢ではないか」との疑問にこたえたところにあった。
しかし、この問題はこれ以前から樗牛にとって主要な関心となっており、研究項目にも掲げ、田中智学からも日蓮聖人の国家観について教示をうけていた。
だが、なお「氷解せざる一難団」を抱き『高祖遺文録』をひもとき国家観を示す遺文四六ヵ所に付箋をほどこして研究を進め、その成果を本篇として発表した。
この著作には「日蓮上人の真面目を見よ」との副題があり、国家的宗教とか国家主義とされる日蓮聖人の教えに関する通俗的概念を刷新して、日蓮聖人ほんらいの国家観と真正の愛国者たる日蓮聖人の面目を明らかにする問題意識がみなぎっている。
そしてまず、次の点を指摘している。
一、日蓮は、今日のいわゆる忠君愛国主義に反対した。
一、日蓮の説を国家主義と呼ぶのはよい。
けれどもそれは全く理想上の意味として理解すべきである。
今日の世にいういわゆる国家主義とは相容れないものである。
一、佐渡以降の日蓮の後退について―特に身延退隠の原因。
一、蒙古襲来に対する日蓮の態度。
一、日蓮には蒙古調伏の形跡はない。
元冦記念像の建立は無意義である。
忠君愛国主義からいえば、日蓮はいわゆる大不忠漢である。
しかし日蓮の捉えた国家は、今日いう国家ではない。
この世で大いなるものは国家ではなく法であり信仰である。
日蓮は法によって浄められた国土でなければ真正の国家ではないと語ったのだ。
日蓮の理想は、法華経の真理を日本および世界に広めることにあった。
日蓮が日本国を愛したのは、法華経の真理とこの国土との間にある必然的関係があったからである。
即ち法華経本門において末法化導の寄託を受けた上行菩薩出現の国土が日本国であり、上行菩薩こそ日蓮その人にほかならないという自覚があったからなのだと主張した。
この内容は次の言葉に示されている。
「日蓮は真理の為めに国家を認む、国家の為めに真理を認めたるに非ず。
彼にとりては真理は常に国家よりも大也。
是れを以て彼は真理の為には、国家の滅亡を是認せり。
否、是の如くにして滅亡せる国家が滅亡によりて再生すべしとは、彼の動かすべからざる信念なりし也。
蒙古襲来に対する彼れの態度の如き、亦実に是の超国家的大理想に基づく」。
更に樗牛は世に「日蓮の国家主義」を説く者が多いが、その意図は自家宗門の繁栄を誇るためのもので、かえってこれはひいきの引き倒しである。
国家主義の宗教として讃美される日蓮聖人は気の毒であるとも述べている。
「日蓮は国家主義を説いたのではなく、宗教を離れた国家の存在を否定したのだ。
日蓮は、ときの政権の奴隷とならず君主に従順しなかった。
国の滅亡すら甘受した。
だが、これは法華経の真理の命ずるところにおいては決して国土は滅亡しないと確信していたからである。
ただ、この世をみな仏土でありとし、この国土の栄光のみめざした。
釈尊の使いの前では天照・八幡も小神であり合掌し膝まずくといったのも奇嬌の言ではない。
日本の国土と神明と万民すべて、教主釈尊の一領域にすぎず、仏陀の悲願にかなわず真理の栄光にこたえないならば、その国土と民衆と共に膺懲し改造せねばならない、と示したのである」。
次いで身延山退隠の理由にふれ、それが逃避ではなく蒙古のために亡ぼされる一大惨劇の運命を忍受し救国の機縁の熟するのを待つためであったと指摘した。
「蒙古は謗法の日本をこらしめるための降魔の軍であり、仏意によって派遣された〈膺懲の義軍〉である。
従って例え生国の滅亡は忍びがたいものであるにせよ。
国土と国民の大苦を救う誓願を果すものと日蓮はみなした。
身延山における日蓮の蒙古襲来に対する態度は〈其の生国の滅亡を忍受するを以て、所謂る無間地獄の大苦を今生に消さしむる『大慈大悲の力』〉としていく点にあった。
それは、いわゆる愛国者流の国家主義とは歩調を異にしている。
法華経の真理に基づく国土の栄光のみをめざした日蓮は、日本歴史上このような愛国心を有した唯一の偉人である」。
これらの論点は、法華経の行者日蓮聖人が此土即寂光の大理想のために戦った姿を根本としつつ、法華経の真理に現世の国家や国民を摂取していく真理国家実現の立場を捉えることによって、世にいう国家主義者日蓮聖人像を否定し「真正なる愛国者」像を提示する、という重要な内容を明かしたものであった。
ただ、日蓮に「その信念のために国家をも犠牲とする偉大なるイゴイストを観た」(明治三五年七月三日付・姉崎嘲風宛手紙)と語った姿勢から本篇でも「超国家的大理想の一面が強調されすぎたきらいがあり「立正安国論」への評価の低さとあいまって、国の現実的な問題状況のただ中に身をおき、きり結びながら国家的諫暁と国土報恩の行動を展開していった側面は後景にしりぞけられている。
しかし、これは「俗悪なる国家と真理の国家」を分けて現世的国家主義を否定した意図に基づいていた(山川智応「高山樗牛の日蓮聖人崇拝について」)。
しかも国家的宗教を百八十度転換させて法華経の真理国家を樹立し、妙法の功徳を民衆に分け与え法華経によって浄められた仏土の栄光を実現していく衷情を行動に現した点を明示している。
この日蓮聖人における国家観の真髄を的確に捉えて「真正の愛国者」像を打ち出した意義をもっている。
《石川教張『文学作品に表われた日蓮聖人』》