如説修行鈔(一二四)
如説修行鈔(一二四)
にょせつしゅぎょうしょう
一篇。
日蓮聖人著。
真蹟は残っていない。
一説には身延山にあったと伝えられている(『年譜攷異』)。
古写本は京都要法寺第四世大夫阿闍梨日尊(一二六五-一三四五)の永仁五年(一二九七)筆写の二一紙が茨城県富久成寺に所蔵されている。
その写本によると文永一〇年(一二七三)五月、佐渡一谷での撰述とされる。
古来真撰として扱われ、系年に関しても異論はない。
対告衆に関しては『録内御書』所収の鈔末に「人々御中へ」とあるところから、特定の個人に与えたのではなく、広く門下一般に示されたものと解されている。
しかし清水龍山・中谷良英共述の『日蓮聖人遺文全集講義』の本鈔の項では、私見として「四条氏外人々御中」の説が述べられている。
その理由は一、四条氏に賜わった『此教難持事』(四条金吾殿御返事、一六九)と本鈔との内容の連関。
二、四条氏によせて門下へ示された『開目抄』と本鈔は、忍難弘経を如説修行と説いてその要諦を明かしている点において深い関係をもつ。
以上から四条金吾へ宛てて人々御中としたとの推察をしている。
なお『録内御書』では「人々御中」のあとに別行して、「此の書御身を離さず、常に御覧有るべく候」と袖書があるところから、古来「随身不離鈔」の異称がある(日健『御書鈔』)。
ただし、日尊古写本には「人々御中」からこの部分が欠けている。
この点は内容から推してこの部分が付記されていても不自然ではない、という解釈がされている。
この『如説修行鈔』は日蓮聖人の激しく厳しい法華伝道の覚悟と実践を記述したものとして著名なものであり、この書の「天下万民諸乗一仏乗と成て妙法独り繁昌せん時」(定七三三頁)で始まる一節は、本宗寺院の勤行でしばしば唱えられる代表的な「御妙判」で、最もポピュラーな日蓮聖人遺文ということができる。
古来より多くの註釈書が著されているが、代表的なものを挙げれば、行学日朝『如説修行鈔見聞』(『宗全』一六巻)、日健『御書鈔』(『宗全』一九巻)、日講『録内啓蒙』(『宗全』三〇巻)などがある。
(一)本鈔執筆の目的と大意。
竜口法難・佐渡流罪と幕府からの大弾圧によって門下が動揺し、聖人に対し不信感を抱き、退転者が続出したため、迫害にたじろぐ門下に対し、その疑惑を払拭し、臆病を誡しめ、法華経の「如説修行」が如何なるものか厳誡する必要があった。
既に塚原から魂魄として書きつづった人開顕の『開目抄』が出され、一谷から当身の大事たる法開顕の『観心本尊抄』が門下に提示されている。
本鈔は『本尊抄』の一ヵ月後、『開目抄』で明かされた末法の唱導師が、『本尊抄』で言表した唯一絶対の末法の要法を流布せんがため、法華経の行者の弟子檀越に不惜身命の法戦を命じ、その如説修行の功徳を称えたものである。
「此の経は如来の現在すら猶怨嫉多し。況んや滅度の後をや」(法師品)の経文を文証として、受難こそが如説修行の証しであるから、迫害などを恐れず、ますます「法華折伏破権門理」の旗を掲げ、全世界を妙法の真理に帰依せしめ、この世に仏国土を実現すべく、死身弘法するよう、門下を叱咤激励するのである。
(二)本鈔題号の由来。
本鈔は法華経の「如説修行」とは如何なるものかを叙述しているところから『如説修行鈔』と題されている。
「如説修行」とは法華経に説かれたとおりに修行せよという意である。
この語は他の遺文にはあまり見られない。
本鈔において特に強調された語なのである。
「如説修行」は勧持品・随喜品・神力品・陀羅尼品・勧発品等に出てくるが、正しくは神力品の「汝等如来の滅後に於て、当に一心に受持読誦し解説書写し、説の如く修行(如説修行)すべし」にある。
この「説の如く」とは如来滅後即ち神力別付の正意である末法の法華弘通の行儀である。
末法の行儀といえば、それは勧持品の二十行の偈に表され、不軽品の二十四字の折伏行に示されている。
五種法師や安楽行品の摂受行も法華経の「説」であるが、「時」をふまえた場合、自ら「我れ身命を愛せず、但だ無上道を惜しむ」(勧持品)の死身弘法の経説が末法の法華経信仰者に課せられてくるのである。
本鈔に、「無二亦無三、除仏方便説、正直捨方便。乃至不受余経一偈。若人不信毀謗此経、即断一切世間仏種、等」「此等のをきての明鏡を本として一分もたがえず、唯有一乗法と信ずるを如説修行の人とは仏は定めさせ給へり」(定七三四頁)とあるのがそれである。
(三)本鈔の構成。
序分・正宗分・流通分の三段に分けられるが、便宜上四章から六章節を立て解釈されるのが普通である。
今六章に分けてみると、(1)真実の如説修行の行者には必ず三類の強敵があることを覚悟せしめ、(2)如説修行の行者が法難に遭わねばならぬ理由を示すとともに、現世安穏の世界が実現する時を示し、(3)仏道の修行者は仏の金言を守り、権教を捨てて真実の法華経に依らなければならぬことを説き、(4)摂受に対する折伏こそ如説修行であり、(5)末法の如説修行の行者とは日蓮ならびに弟子檀那であると断じ、(6)当時の謗法社会を嘆き、門下に如説修行の決意をうながすとともにその利益と法悦を語る。
真の如説修行者の日蓮聖人が自らの全存在をかけて強説するが故に、その文言には気魄がみなぎり、一歩も退かぬ、そのすさまじいまでの正法興隆の悲願は読む者をとらえて離さない。
しかしその聖人の如説修行が決して私的な選択でないことは次の告白から明白である。
「かかる時刻に日蓮仏勅を蒙りて此土に生れけるこそ時の不祥なれ、法王の宣示背きがたければ、経文に任せて権実二教のいくさを起こし」(定七三三頁)とある。
折伏弘通の如説修行は、教主釈尊の仏勅であり、仏教徒たるものそれに背くことはできないはずだというのである。
《『日蓮聖人遺文全集講義』一二、『日蓮聖人御遺文講義』八、祖山学院出版部編『高祖遺文録解題』、高木豊他『日蓮』(『日本思想体系』一四)》
【補記】近時、真蹟不存の『如説修行鈔』の真偽が論じられている。 最古写本とされる現行の日尊本が疑われているからである。 日尊写本の前半・後半は筆蹟二種とされ、そこから日尊写本が疑われ、また奥書は筆勢が本文と異り、紙質も相違するとされる。 山上弘道『日蓮の諸宗批判』は、これらの理由を挙げて本書を「疑義濃厚とせざるを得ない」(二七七頁)とするが、要書のゆえに研究のいっそうの深化が要請されていよう。《『遺文辞典』歴史篇「如説修行鈔」の項、『日蓮辞典』「如説修行鈔」の項》