妙傳寺聖典個人版 新・電子聖典

謡曲

ようきょく #4830

謡曲

ようきょく

能楽における歌詞のこと。
また謡(うたい)ともいう。
能楽は、南北朝から室町代にかけて成立した一種の歌舞劇で観阿弥清次(一三三三-八四)と、その子世阿弥元清(一三六三-一四四三)を経て完成し、江戸代中期にはほぼ固定した。
謡曲は、能楽の脚本とも見ることができ、本文の現存しているもので約一七〇〇種があり、そのうち現在の諸流派で正式の演目と定めているのは二四〇種ほどである。
その題材は極めて多種多様であるが、その特徴から類別すれば、(一)『賀茂』『輪蔵』『舎利』など、神の霊を示した「霊説話」の類。
(二)源氏物語、伊勢物語など謡曲以前の諸文芸に題材をとった「文芸説話」の類。
(三)『敦盛』『忠』など源平の人々を主人公に古き英雄の武勇を描いた「武人伝記」の類。
(四)無名の市井から男女、主従、父子、夫婦の関係を描いた「世話巷説」の類。
(五)人・天狗・鳥獣・草木の精魂を題材にした「異類説話」の類。
(六)中の武人に対する親しみから取入れた唐物の「中伝説」の類などを挙げることができる。

 謡曲成立の背景にあって、ほとんどすべての作品を彩るものは思想である。
修羅道に堕ちた修羅物の主人公も、地獄道に沈んだ鬘物の主人公も、また非情の草木の精魂物も、みな旅僧の誦経回向によって成仏することができたと結ぶ。
しかし、それらの思想は鎌倉期のもののような深刻な無常観から出たものではなく、観世音菩薩を信じたが故に鬼神を亡ぼすことができ(『田村』)、阿弥陀如来を信じたが故に親子の再会ができた(『柏崎』)といったような、比較的安易に祈願成就を賛嘆するだけのものが多かった。
ここでは、以下に法華経の功徳、また日蓮聖人経力を賛嘆した謡曲を掲げておきたい。
まず法華経一般について、その読誦の功徳を題材にしたものとして『錦木(にしきぎ)』(世阿弥作四番目物)、『判蔀(はじとみ)』(内藤藤左衛門作・二番目物)、『朝長(ともなが)』(世阿弥作・二番目物)、『東北(とうほく)』(世阿弥作・三番目物)、『芭蕉』(金春禅竹作・三番目物)、『巴』(作者不明または観世小次郎作・二番目物)、『雪』(不明・三番目物)、『頼政』(世阿弥作・二番目物)、『野宮』(世阿弥作・三番目物)、『葵上』(世阿弥または金春禅竹作・四番目物)、『春栄』(世阿弥作・四番目物)、『通盛(みちもり)』(井阿弥または世阿弥作・二番目物)、『小塩(おしほ)』(金春禅竹作・三、四番目物)、『夕顔』(世阿弥作・三番目物)、『輪蔵』(観世弥次郎作・脇能)、『定家』(金春禅竹または世阿弥作・三番目物)、『采女(うねめ)』(世阿弥作・三番目物)、『胡蝶』(観世小次郎作・三番目物)、『砧(きぬた)』(世阿弥作・四番目物)、『自然居士(じねんこじ)』(観阿弥作・四番目物)、『菊慈童(きくじどう)』(不明・四番目物)、『碇潜(いかりかづき)』(不明・五番目物)、『小袖曽我』(宮増作・四番目物)。
次に法華経の提婆達多品の功徳あるいは女人成仏については『大原御幸(おはらごこう)』(世阿弥作・三番目物)、『梅枝(うめがえ)』(世阿弥作・四番目物)、『海人(あま)』(世阿弥作・五番目物)。
また釈尊が法華経を説かれたという霊鷲山を追慕して『春日龍神』(世阿弥作・五番目物)、『兼平』(世阿弥作・二番目物)、『大会(だいえ)』(金春禅竹作・五番目物)。
更に法華経に説かれる観音・普賢・文殊等の諸菩薩の功徳を賛嘆して『田村』(世阿弥作・二番目物)、『朝長(ともなが)』(世阿弥作・二番目物)、『熊野(ゆや)』(世阿弥作・三番目物)、『源氏供養』(世阿弥作・三番目物)、『三井寺』(世阿弥作・四番目物)、『花月』(世阿弥作・四番目物)、『盛久(もりひさ)』(観世十郎作・四番目物)、『江口』(金春禅竹作・三番目物)、『九世戸(くせのと)』(観世小次郎作・脇能物)、『石橋(しやくきよう)』(観世十郎作・脇能物)などが挙げられる。

 最後に、日蓮聖人がワキとして登場する三曲を掲げる。
いずれの場合も、そのワキ僧が聖人であることを明示しているわけではないが、古来一般にそう解され演じられている。
(一)『鵜飼』(うかい)榎並左衛門原作、世阿弥改作、五番目物。
また殺生物(せつしようもの)ともいわれ、殺生のに対する人の苦悩を主題としている。
内容は、――安房清澄の僧(日蓮、(ワキ))が、従僧((ワキヅレ))を伴って甲斐へ赴く途中、石和川(いさわがわ)のほとりで一人の年老いた鵜使い(前(ジテ))に会う。
実はこの老人は現世の者ではなく、殺生禁断を犯して刑死した鵜使いの亡霊で、罪障懺悔にと鵜を使ってみせ、僧に回向を乞いながら姿を消す。
僧が約束の通り、川瀬の石に法華経一字ずつを書いて波に沈め鵜使いの菩提を弔っていると、そこへ閻魔王(後(ジテ))が現れ、かの亡者は無間地獄に堕すところを救われ仏所へ送られたことを告げて、一僧一宿の功力、法華経の功徳を賛嘆するという筋立。
(二)『現在七面』(げんざいしちめん)作者未詳、四番目物。
竜神物(りゆうじんもの)ともよばれ、竜女を後(ジテ)としているが、筋立は、身延山に籠って法華経を読誦する日蓮聖人のもとへ、毎日一人の里女(前(ジテ))が参詣して花や水を仏前に供えるので不審に思った聖人が尋ねると、実は自分は七面の池に住む蛇身であるが聖人の女人成仏の法理を聴聞し、懺悔のために元の姿を現さんと打明けて雷鳴の中に消える。
聖人がなお一心に読誦していると大蛇(後(ジテ))が現れるが、たちまちに法華経の功力によって蛇身は天女の姿と変じ、神楽(かぐら)を舞い、以降は七面山の鎭守となって衆生を済度することを誓うというもの。
(三)『身延』(みのぶ)作者未詳、三番目物。
竜神物ではないが前の『現在七面』の変型とみられる。
主題は、身延山に籠り法華経を読誦する聖人のもとへ、夜毎に麓から一人の女が来て聴聞するので素性をたずねると、その女はすでに亡者であって法華経の功徳により成仏できた喜びを述べ、法謝の舞を演ずるというもの。
《佐成謙太郎『謡曲大観』全七巻、野上豊一郎『註解謡曲全集』全六集、『国史大辞典』一四巻「謡曲」の項》 \\(桐谷征一)

図版

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