落語
落語
らくご
江戸時代以降、祖師日蓮聖人とお題目の利益、清正公や日蓮宗寺院への参詣等の様子が落語の中に現れた噺をいう。
古典落語における代表作には次のようなものがある。
「かじかざわ 鰍沢」 身延山参詣の旅人が雪の中で道に迷い、山中にある一軒の茅屋に宿をとる。
この家の主人、膏薬売り伝三郎の女房お熊は吉原の遊女あがりの女で、金欲しさから旅人にしびれ薬を飲ませる。
それを知った旅人はびっくり仰天して立ち上ろうとしたが体が動かない。
やがて身延から頂いてきた毒消しの護符を持参しているのを思い出し、降りつもる雪をすくいとって護符を飲みくだすとやや自由に体がきくようになった。
そこで壁の破れ目から逃げ出すと、女房は鉄砲をもって追ってくる。
旅人は絶壁まで追いつめられ、ついに決心して絶壁の下に飛びこむと、そこは名高き鰍沢の急流。
たが旅人は運よく筏の上に落ちた。
お熊の打つ鉄砲も当らず、旅人は九死に一生をえたという噺。
「お材木(お題目)で助かった」というサゲになっている名作。
「おせつとくさぶろう おせつ徳三郎」 上下二席に分れ、上は別名「花見小僧」下は「刀屋」という。
ある大きな店(たな)に子供の時から奉公してきた手代の徳三郎は、主人の娘おせつに想いを寄せられ仲睦しくなる。
これが主人に知れ徳三郎は暇となり店をやめさせられる。
やがて徳三郎は、おせつに他から養子が来ると聞いて無念やるかたなく、無分別な考えを起し刀屋に行き刀を買おうとする。
その挙動がおかしいと思った刀屋の主人が徳三郎にこんこんと諭している所へ、おせつが今夜の祝言を嫌って家出したことをおせつをさがしている者が刀屋の店にもやって来て噂話をする。
これを聞いた徳三郎は、おせつの本心を初めて知って嬉しく思い、刀屋を飛び出してゆく。
その途中でバッタリおせつと出会い、夜道を二人は手に手をとって走りぬけ、ようよう深川の木場にたどりつく。
「それじゃあお嬢さま、すぐにとびこみましょう」
「ああうれしい。未来とやらはかならず夫婦だよ」と、たがいに手を取合って
「南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経」と、お題目もろともに橋の上からとびこむと木場のあたりだから下が一面の筏。
「おや、なぜ死ねないんだろう」
「ああ、いまのお材木(お題目)で助かった」という話。
『鰍沢』と同じく題目がサゲになっている人情話として知られる。
また身延山に関しては、円亭九狐の作った「身延詣」がある。
これは身延詣の道中における珍談を描いたものである。
大衆の身延詣が盛んであったことを反映している作品である。
「ほりのうち 堀の内」 別名を『粗忽』という。
そそっかしい慌て者が熊さんから信心でもしてなおさなくっちゃいけねえ、といわれ「堀の内のお祖師さま」にお参りに行こうとする。
女房も亭主のそこつをなおそうという一心で亭主を送り出すが、生来のそこつ者、方角ちがいの浅草に行ってしまったりし、
「ああそうだ(略)妙法蓮華経、南無妙法蓮華経…さあ、これからどういったらいいのかな?」とお題目を唱え道を聞きながら、ようやく堀の内の妙法寺に着く。
財布ごとおさい銭をあげて
「お祖師さま、まとめておさい銭払いましたから、そのつもりで(略)」と言ったり、弁当と思って背中からおろしてみれば女房の腰巻きにつつんだ枕であったりする。
お題目を唱えて「堀の内の祖師」にお参りに行こうとするくだりに、そこつずくめの善人が持つ無邪気な笑いがふんだんに盛りこまれている。
なお『縮(ちぢ)み上(あが)り』も堀の内の出る噺であるが、これはお会式の時に池上本門寺から堀の内妙法寺へ回った講中の者が新宿の妓楼にあがり遊女にちぢみ上がる噺になっている。
「せいしょうこうさかや 清正公酒屋」 念仏宗の饅頭屋と法華を代々の宗旨とする酒屋とは、通りを間に向きあって店を構えているが、甘党と辛党という商売柄のちがいに加えて宗旨もことなり、ことごとに仲が悪い。
酒屋の息子が饅頭屋の軒先にさげてある虎の看板を見て怖がり虫をおこして大熱を出したので、酒屋の親は虎の看板をひっこましてほしいとたのむが、そんな憶病な子を生んだ親が悪いのだ、とにべもなく断られる。
酒屋は口惜しく思って檀那寺に祈祷をたのみ、虎退治の加藤清正の木像を軒先にかけると息子の虫気はたちまち平癒した。
因果はめぐるその一年後、今度は饅頭屋の女の子が、その木像を恐れて病気になったので、饅頭屋の親も木像を引っこまして下さいとたのむが、酒屋は断ってしまう。
やがて女の子はどうやら病気は直るが、両家の不仲はますますひどくなる。
ところが、その酒屋の息子、饅頭屋の娘は年頃になるとたがいに好きあい、夫婦の約束をかわしたものの親たちは許すはずもなく、二人は連れ添えないのを悲しんで大川に飛び込む。
息子はお題目の功徳と日頃信ずる清正公のおかげで助けあげられる。
我にかえった息子が女房も助けて下さいと言うと、清正公が
「いやいや、あの女は助けられないぞ。よく考えてみろ、おれの敵の饅頭屋の娘だもの」というサゲになっている。
噺の途中で鳴物入りの芝居噺になる。
宗旨のことなる両家の頑固さもうきぼりにされているが、それだけに清正公の救いが念仏を宗旨とする家の娘にまで及ばない限界も見られる。
しかし、全体として法華の宗旨と清正公の利益が強調されている。
「こうふい 甲府い」 『法華豆腐』『出世豆腐』ともいう。
身延のお祖師さまに願をかけた善吉という若者は、甲府から江戸に来る途中で財布をすられて腹をすかしている所を、豆腐屋に助けられる。
この豆腐屋の主人も「法華も法華、法華のかたまり」であったので、善吉が奉公して一人前になるまでは国へは帰らないとお祖師さまへ願をかけてきたという話を聞いて
「こりゃやっぱりお祖師さまのお引合せだ」と思い自分の店に奉公させる。
この善吉は利口のうえに男ぶりもよく愛嬌もあり、とりわけ働き者であったから、「豆腐ィ…胡麻入り…がんもどき…」と売りに出ると近所の大評判となりおかげで豆腐屋は大繁昌。
「これもお祖師さまのご利益」と大喜び。
やがて主人夫婦は、自分の娘おなつと善吉とを連れ添わせ婚礼をあげる。
若夫婦は仲睦まじく一層稼いだので店はよくなるばかり。
ある日若夫婦は連れだって身延山に願ほどきのお参りに行く。
「ではお父さん、お母さん、行って参ります」
「ああ、道中気をつけてな」
表へ出ると近所の人たちが
「おや、豆腐屋さん、今朝はどちらへ」とたずねますと、善吉がいつもの調子で
「甲府い…お参り…願ほどきい…」
身延山の祖師に願をかけた若者が勤勉努力して豆腐屋の後継ぎとなり願ほどきのために身延に向おうとする姿を「お祖師さまの利益」を基調に見事に描きだした名作といえる。
「ほっけながや 法華長屋」 江戸下谷に法華長屋という長屋がある。
この家主茶嘉兵衛は、たいへん日蓮宗に凝り固っていて他宗の者には家を貸さないほどの大の法華信者。
従って、この家へ集まってくる者はみんな日蓮宗の者ばかりで、売りに来る商人でも他宗の者では買わないという訳で「エエ祖師大根や祖師大根、エエ祖師大根はようがすかな」といった調子で売りにやって来る。
「(女の声で)ちょいと八百屋さん」
「へい」
「なんみょうほうれん草はないかい?」
「エエ、二把残っておりますが」
「いくらだね」
「三十番神で」
「高いねエ、品(ほん)第十六文におまけよ」といった調子。
「なんみょうほうれん草」は、南無妙法蓮華経と唱えるお題目にかけたもの。
また「三十番神」は、日蓮宗でまつる法華経の守護神である三十番神によって三十文の値段をあらわしている。
「品第十六文」は法華経如来寿量品第十六をさしており、つねに変らぬ教主釈尊の慈悲のように品物を「十六文におまけよ」という訳である。
あるとき、この長屋に下肥(しもごえ)を汲みに来る掃除屋(オワイ屋)葛西の次郎兵衛が、しばらく来られなくなったので、長屋一同困ってしまった。
そこで、表通りを通る掃除屋を呼びこんで汲ませることにした。
家主の意見で「さきに宗旨を聞いてみる、他宗の者だったら断わる。もしお宗旨の者が見つかったらすぐに廻して汲ませることにする」ということになった。
「なんだ…おめえの宗旨は」
「おらが宗旨は南無阿弥陀仏だ」
「なんだと、この野郎、この念仏野郎」などと言われて塩をぶっかけられる、といった有様で、何人もの掃除屋が断わられるため掃除屋仲間でこの長屋は評判になった。
ところが、あいにく掃除屋の中には日蓮宗の信者がいなかったので、五郎八という男が信者に化けて行くことになった。
表通りに来ると宗旨を聞かれる。
「おらァ法華だ」
「えッ法華(略)。おばあさん、おいおい、すぐお仏壇へお明かりを上げな。いやァ…やっぱりお祖師さまのお引き合せだ。妙法蓮華経南無妙法蓮華経(略)あァ、そうかい、どうも立っているところから、人柄が違うと思ったなァ、うゥん、宗旨の者はやっぱり何処かこう品があるな、うん。さァさァ、まァこっちィ来て掛けな」と、家主はすっかり喜ぶ。
五郎八は、図々しく飯を食わしてくれ、饅を二人前ほど食いたいなどと言い、はては「粗酒(そしゅ)ちっとンべぇ飲ましてもれえてえが」と要求する。
家主はそれを聞いて
「なんだ粗酒(そし=祖師)が飲みてえ?」などと聞きとって喜び、五郎八も、
「おれに飲ませると思えば腹も立つべえが、お祖師さまにお神酒ィ上げるだと思え」と言ったりする。
やがて五郎八は、酔っぱらいながら下肥を汲み始める。
ところが、二、三歩あるきかけたが、ひょろひょろとよろけるので、思わず、
「あァ、あぶねえ、南無阿弥陀仏…」と言ったので家主はじっと睨み
「この野郎、てめえ他宗だな?」と詰問する。
「いまよろけた時に、南無阿弥陀仏と言ったろう」
「うゥ…(と、言葉につまり)いやッ、こんなきたねえ時は、他宗へ託(かず)けるだよ」
ばれてしまった五郎八は、こういう不浄は他宗にまかせるのだ、と言ってきり抜けようとするサゲである。
大の日蓮宗信者である家主の法華気質が鮮やかに表現されている古典落語として知られている。
初代三遊亭圓右(一八六〇-一九二四)、初代柳家小せん(一八八三-一九一九)がやり、最近では六代目三遊亭圓生(一九〇〇-一九七九)が演じたことがある。
次に新作落語についてふれると次のような噺がある。
「りょうしん 両親」 人情落語と銘打って扇亭桂馬の演じたもの。
『日蓮主義』一四-一(四二-四九頁)所収。
かつて孤児であったが、今は貧しくとも円満にいつもにこにこ働いている夫婦がいた。
二人はこれも「お祖師さまのご利益、お題目の功徳」だと信心に励んでいたが、ある日夫が浮かぬ顔でため息をついているので心配した女房が聞いてみると「親を売ります」という新聞広告を読んだ、親の味を知らないおれたちだ、孝行する親が金で買えるならと思ったが、その親を買う百円の金がないので貧乏がうらめしくなったとゆう話。
手持ちは六十円しかないので先方にたのみこみ、あと四十円稼ぎためて持って参りますと訳を話して一ヵ月間、一心不乱風呂にも入らず、夢中に働いたが、まだ十円足りない。
もう十日待ってほしいと言う。
広告を出した本人がぜひ会いたいとのこと。
その家に行ってびっくり。
大邸宅の上に丁重なもてなしをうけ、その家の主人と会う。
主人の言うのには、一人息子が戦死したので後取りがほしいと思ったが、気に入った者がいない。
そこで奇抜な方法で人物試験をしようとしたが、不自由な生活の中でどうにか孝行の味を知りたいとえらい苦心をなすった頼もしい夫婦に感心した。
どうか財産全部をあげるから、私を親として面倒みて下さい、という話。
これを聞いて苦情を言う親類に向って、主人は「おまえたちは地位や財産目当て、この人は孝行の誠をつくそうという、きさまたちにも良心があるだろう」と叱りつけたのでまたびっくり。
「この方にも両親があるのですか」
「そりゃあるだろう。私はお題目の信者だが、奉安したお曼荼羅ご本尊、上は仏界より、下地獄界に至るまでこの中に入れられてあるのはいずれも仏性があればこそ。人間、仏性をもたぬはずはないから、その良心に問うて見ろというたのじゃ」
こちらはまだまちがえて
「えー皆さま揃ってご両親がおありとは羨しい、私なんぞはたった今、片親できたばかりでございます」
「せいきちこぞう 清吉小僧」 葛飾荘主人作。
『日蓮主義』九-一(九六-一〇七頁)所収。
店の主人に対して清吉小僧は、ことごとにへらずロを言う。
肩をたたかせながら清吉と話をしているうちに、二人共法華の宗旨であることがわかる。
清吉の名は清王公に願かけして生れたからだという。
池上のお会式ではたくさんの人が万灯を持ち
「団扇太鼓を叩いて(略)ドンツクドンツク」
「あッ・・・痛い、何だってわしの頭を叩くんだ」
「やッ、団扇太鼓とまちがえました」というのがサゲ。
「くらく 苦楽」水郷亭あやめ作。
『日蓮主義』一〇-一二(三八-四九頁)所収。
大晦日、借金をたのみに友人の兼さんの家に行った熊さんは、そこで兼さんの父で法華信者である芋平老人から、法華経の「お自我偈」の話を聞いて「心の持ちようによる」と説教される。
お祖師さまの「ただ女房と酒うち飲みて南無妙法蓮華経と唱え給え」の言棄を聞いて家に戻り「酒をとって来い」と言う。
女房は「払うものがなけりゃ持ってきてはくれないよ」と答える。
言っている所へ「今日はぁ」と酒屋の声。
「そうれ見ねえ、お祖師さまのすることに無駄はねえや、一升ばかり持ってきてくんねえ」
「へッ、ゝ、今日はお勘定を頂きに上りましたんで(略)」というのがサゲになっている。
日蓮宗の沙弥だった、三代目三遊亭圓歌(1929年1月10日 - 2017年4月23日)の新作落語、「中沢家の人々」にも、信行道場や日常のお勤めの様子が描かれています。
新作落語は質量ともきわだったものがない。
これに比べて、古典落語には「祖師と題目の功徳・利益」がはるかに深く面白味をもって表現されている。
《野村無名庵「落語に現れたる題目」『日蓮主義』十一巻二号、興津要編『古典落語』、『国史大辞典』一四巻「落語」の項》
(石川教張)