日待
日待
ひまち
特定の日に人々が集り、潔斎して一夜を寝ずに日の出をまち、太陽の恩恵に報謝する祭・行事をいう。
この日待に対し、月の出を待って拝む月待がある。
これは日の出と月の出のいずれをもって一日の初めとみるかである。
この日待・月待は、正月・五月・九月の三長斎月に行う。
日待の日は、三・一三・一七・二三・二七日、または吉日を選んで行うが、正月・一〇月は一五日に行うともいい、必ずしも一定していない。
月待は三夜待・十三夜待・十七夜待・二十三夜待・二十六夜待等のほか、二夜待・お十八夜・十九夜講などがある。
これらの日に僧侶・山伏・陰陽師らを招き読経修法をする。
日待坊、日待山伏・月待山伏と呼ぶのはこれである。
日待・月待はもと神道家の間で行われた行事で、初めは天子の祭であったが、後に民間行事となり、酒宴歌舞して遊興的なものとなった。
しかし修験道においては、日待大事、月待大事の作法といって重んじている。
更に日待庚申(庚申待)と呼ばれる行事もある。
最も古いと考えられる日待庚申についての記録は、円仁の『入唐求法巡礼行記』(承和五年=八三八)である。
即ち「二十六日夜、人咸く睡(ねむ)らず、本国の正月、庚申の夜と同じきなり」とあるによる。
この日待庚申は、孝子孝心に音が通ずることから、大黒天・帝釈天に祈り殊更に両親の意に順うべし、という。
《『国史大辞典』一一巻「日待」の項》