妙傳寺聖典個人版 新・電子聖典

帝釈天

たいしゃくてん #1957

帝釈天

たいしゃくてん

インド最古の聖典である『リグ・ヴェーダ』の中で最も重要な神で、リグ・ヴェーダ賛歌全体の約四分の一が、インドラに捧げられている。
梵名をシャクロー・デーヴァーナーム・インドラハ(Śakro devānām indraḥ)といい、意味は「神々の支配者であるシャクラ」つまり「神々の帝王」の意である。
漢字に音写して「釈提桓因」という。
古代インダス河の辺りの原住民を征服したアーリヤ人は、彼らの壮大なイメージであるインドラ神を崇拝していた。
この神は征服者である原始アーリヤ人の長所と短所を持ち合わせ、それを拡大視させている。つまり彼らの勇敢さを示すと共に、暴飲暴食を好む乱暴者でもある。
ヴェーダの神々の中で、インドラ神だけが、顔立ちや行によって人間らしさを大いに示すのである。リグ・ヴェーダの神話に関する限り、雷霆神としての格が最も著しく描き出されている。
全身茶褐色を呈し、髪も髭もまた茶褐色で、偉大な体躯によって宇宙を威圧し、暴風神マルトの群を従え、二頭の駿馬のひく黄金の戦車に乗ってを疾駆する。
竜ヴリトラを退治して、待望の水と光明を人間界にもたらす功がうたわれている。
神酒ソーマに英気を養い、彼の特徴たる武器ヴァジュラ(金剛杵)を投擲して、竜ヴリトラを粉砕する、彼は神界の帝王、アリアン人の保護神として、万人の尊敬を一身に集める。
ここに現れるインドラの格は、武勇神である。
インドラに対する信仰は「リグ・ヴェーダ」より更に古く、古代イランでも信仰されていたという。
しかし古代イランの宗教は、後に出た宗教改革者であり、紀元前七世紀から前六世紀の人であると考えられるザラスシュトラ(ゾロアスター)の宗教改革によっての列に落とされてしまった。
また古く小アジア、メソポタミア地方でも信仰されていたといわれる。
教では釈提桓因、あるいは帝釈天と呼ばれて梵天と共に護法の神とされている。
帝釈天は須弥山の頂上の喜見城に住んでいて、忉利天に住む神々の統率者である。
しかも正法を護持し、仏の教えを聞いて、柔和にして慈悲に富み、真実を語り、正法に従う正しい神である。
しかし仏陀の教えを聞くまでは、諸天を糾合して阿修羅と戦っていた荒々しい神であった。
帝釈天三十三天(忉利天)の主であると同時に四天王を統率し、人界をも監視する。
衆生が殺生、盗み、妄語等を為さないか、父母に孝順であるか、師長を尊敬するか、貧しい人に施しをするかどうか、毎月八日、二三日には人間界に使者を遣わし、一四日、二九日には王子を遣わし、一五日、三〇日には四天王が自ら姿を変えて人間界を巡歴し、衆生の善悪のを監察するという。
従って人々はこれらの日を六斎日といって行いをつつしむのである。
また帝釈天に関する説話として有名なのは大乗涅槃経・聖行品にある雪山童子の物語である。
昔、雪山童子が修行している時、帝釈天が彼を試みるためその身を変じて羅刹となり、過去仏所説の半偈を説く。
「諸行無常・是生滅法」と。
彼、それを聞いて心に歓喜を生じ、余の半偈を説かば、汝の弟子とならんという。
に羅刹は飢えて人肉を欲しいと答う。
羅刹、彼の願いを容れて後の半偈を説く。
「生滅滅已・寂滅為楽」と。
彼は、この偈を聞き已って、若しくは石、若しくは壁、若しくは樹、若しくは道にこの偈を書写し、に高樹の上に昇って身を羅刹に投ず。
その羅刹は帝釈天の形に復して彼の身を受けとめ平地に安置し、彼の足下に稽首して、真の菩薩たることを賛嘆する。
釈尊の前生譚であるこの死身求法の物語を日蓮聖人は深い感動をこめて受容し門弟に語り告げた。
雪山童子の説話は『日妙上人御書』(定六四二頁以下)、『松野殿御返』(定一二六七頁以下)その他に詳しく引用説明されている。
《『遺文辞典』歴史篇「帝釈」の項、『日蓮辞典』「帝釈」の項、『広説仏教語大辞典』「帝釋天」の項、『岩波仏教辞典』「帝釈天」の項、菅沼晃『インド神話伝説辞典』》

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