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日通(境持院)

にっつう #3112

日通(境持院)

にっつう

(一七〇二-七六)
師は字を普明、境持院と号す。
源三位頼政の後裔といわれ、父は加瀬十郎右衛門、母は藤田氏の娘である。
元禄一五年閏八月、下総取郡(現・取市)に生まれる。
幼年の頃は病弱で、六-七歳にして漸く足が立ったという。
九歳にして中村檀林の能持日週の許にて薙髪し、正徳二年(一七一二)江戸小石川に隠栖中の玉沢第二五世境妙院日宗について出家し、同五年、一四歳にして中村檀林に学び、これより清貧に甘んじて勉学に励むこと二六年の長きに亘った。
享保一三年(一七二八)師僧日宗の遷化にあい、元文二年(一七三七)三六歳にして江戸浅草本蔵寺に住した。
同五年、中村檀林玄義講主に任ぜられ、宝暦四年(一七五四)本蔵寺に退き、同五年、更に中村檀林文句主の職を襲った。
翌六年、玉沢妙法華寺に瑞世し、第三三世の法灯を継承。
在位一三年にして、明和六年(一七六九)鎌倉の師跡、境妙庵に退蔵して専ら著述に従し、安永五年七五歳をもって寂した。
江戸前期における玉沢は一九世恵日通以来、ほとんど心性日遠系によって継承されてきたのであるが、境持日通が真応日達系の日宗の門よりでて、三三世を董するに及び、これ以後、玉沢は日宗系門下によって継承される。
日通の著述としては『祖書証議論』一〇巻(存・後年、日桓の会下にあった日順が之を抜粋和訳したのが『御書略註』である)、『祖書目録』一巻(存・別名『境妙庵目録』)、『玉沢手鑑草稿』二巻(存・もと五巻であったが、四巻が焼失したので、後世、境本日鎮が清書した際、一巻を乾坤両巻とした)、更に欠本ではあるが『本化血脈図解』二巻と『本迹弁正論』とがある。
『祖書目録』は祖書の録内、録外の配列を撤廃して、これを編年体に組織しなおした最初のものであり、編年体に祖書を配列し、之を解説することによって聖人伝を述べ、更に直弟並びに法孫の伝記を加えたのが『祖書証議論』で、同論は遺文を直接資料として聖人伝を記述したものの嚆矢である。
著書についてみるに、日通は聖人及び門下檀越の史伝に通じ、考証頗る博引精細なるものであるが、往々叙述は従来の所伝と異り、更に学者の批判に俟つべきもの少しとしないといわれているが、特に日通学の特色は三項に分けて次のようにいわれている。
(一)宗祖凡師本仏論 日蓮聖人の本地は知り難く、たとい本地があるとしても、それは億億万劫至不可議(不軽品の偈文)において顕われるのであるから、今その本地を論ずる時ではないが、近くその人体を論ずれば、聖人が自ら本化上行菩薩等というのは経説附順の一途に従われたのであって、法師品に附順する時は如来に仕える凡師に外ならない。
釈尊は久遠の最初、衆生下種し、爾来化度して今番に得脱せしめたので、その残機は正像に尽き畢り、末法の初めにまた億億万劫至不可議の最初の結縁が始まるのであって、日蓮聖人が最初の導師である故、聖人こそ三千世界の主師親の教主に外ならない。
末法の衆生は日蓮聖人によって法華の大善を結縁したのであるから、また日蓮聖人によって得脱するのである。
聖人化導成熟の暁には、釈尊のように顕本遠寿を説き、本化を召してこれを付するのである。
(二)億億万至不可議繰返顕本論 以上のように宗祖凡師本仏論を説いているので、この点において、大石寺日寛の宗祖本仏論の思想と相通ずるものがあるが、しかし釈尊と聖人との関係は同一ではない。
日通は下種の始めと脱益の終りとに期間を劃するが、種脱の法体に勝劣を認めるものではない。
それは億億万至不可議の期間を過ぎると顕本し、三益が繰返されると論じ、釈尊と日蓮聖人を同体に見るものである。
三益の無尽の繰返しを諸仏道同というのであるから、道同という点からいえば、諸の異りはあっても、一の繰返しと見ることができるので、諸の名は異っても、共に釈迦一に外ならないと論ずる。
故に日通に従えば吾等も亦聖人の後を継いで、聖人の次に本仏と成ることが究竟の目的である。
しかし本化としての成仏化他行において、三益成弁の暁に完成されるもので、それは億億万劫至不可議の成仏であり、衆生としての成仏は下種名字不退の自行の成であると説いている。
(三)法師品正意論 以上のように日通は宗祖凡師本仏論を説いたが、その根拠を法師品に求めた。
寿量品の我本行菩薩道の化他行こそ法師品の凡師で、これが法華経の根本精神であると見た。
よって法師品をもって法華経の正意となし、宝塔・涌出・寿量・神力・嘱累等の生起は皆、法師品のためであり、宝塔品以下の十八品は法師品の助成に外ならないと論ずる。
ここにおいて日通は衆生成仏を論ずるのは二十八品の中、法師品に限り、余品にはその義を明らかにしないと説くのである。
また『玉沢手鑑草稿』は玉沢妙法華寺の日昭以下の歴代貫首の略伝と日通に至るまでの玉沢諸堂の沿革や宝物等について述べたもので、日昭の伝記の研究や、江戸期における玉沢研究には不可欠の好資料である。
望月歓厚『日蓮宗学説史』、執行海秀日蓮宗教学史』、『日本仏人名辞典』「日通」の項》

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