国判法門
国判法門
こくはんほうもん
『本化聖典大辞林』によれば、五網教判(教・機・時・国・序〈師〉)の一つである国判を略釈すると、乗縁純雑(国性の因縁を判ずる)、化縁蔵否(起教の因縁を判ずる)、開顕妙国(本化妙宗洪化の妙益を判ずる)の三項になるとされている。
これが「日蓮聖祖のみ日本を以て法華本門の化境とし、本門戒壇の妙国たる日本を地上の中心として国家を点睛し世界に性命を与う」とされ、次のような論述が出てくる。
「法華経の理想と日本建国の理想と相応し、日本の大統と本化仏教の教権と相応し、万世一系にして革命なき霊国、而も東西の文化を吸収し充実せしむる国運は、最後の解決を世界文化に与うる統一教に好適し、其風土・気候・地理等の中和にして、異れる人種・風俗を調和する外縁の良好は、宇内統一の理想に合し、醇要の国風国性は任運に法界統一の教旨に相応し、国神(天照大神・神武天皇・明治大帝)国聖(聖徳太子・伝教大師・日蓮聖祖)相繇より相発して、本化真応の妙土摩訶日本帝国を讃説し事現し形証するに帰着す」と。
この発想が『三大秘法鈔』の戒壇思想とつながり、そこから田中智学の「国立戒壇論」的発言が生れもするのである。
それはいうまでもなく、彼の「王仏冥合論」とも関わっている。
こうして「日本国体学」なるものが説かれ、日蓮主義と『古事記』・『日本書紀』などに依拠した神話的国体論との結合が生じた。
かくして田中智学による「国判」論は「皇上国家を離れては、父母もなく、乃至は自己もない、すべての人道の栄は皇上国家の栄として存して居る外、決して個々の存在を認めないのが、吾国体の精神なり、忠孝の本義なり」(『勅教玄義』)とまでエスカレートし、絶対主義天皇制国家に組込まれた国家主義的日蓮教義を現出するにいたった。
しかし田中智学にはまだ日蓮聖人遺文の正しい理解からの歯止めがなかったわけではない。
それすら失ってしまったのが清水梁山(りようざん)である。
「聖人の立教開宗は寧ろ日本の国礎を立つるに在り、言わゆる立正なり。
国体の幽微を開くに在り、言わゆる安国なり。
安国は乾霊(天つ神)国を授くるの徳に答うる所以なり。
立正は皇孫正を養うの心を弘むる所以なり。
即ち是れ惟神(かんながら)の教なり」(『日本の国体と日蓮聖人』)と説く、国家神道イデオロギーと日蓮主義との混合論がそれであり、それが必然的に天皇本尊論を導出する。
こうした論述について清水龍山は「今梁山師は(略)其極終に王仏一乗即ち 〈本尊の正体は天皇陛下〉 なり 〈宝塔は天津御坐〉 なり 〈二仏並坐は両陛下〉 なり 〈虚空会は高天ケ原〉 なり 〈故に法華経は日本国の説明書也〉 というに至る。
「是の如くんば法華経と日本国と主客孰(いず)れぞや。
(略)本化別頭至高最上の大法をして一法華神道の卑下に就かしむ」(『偽日蓮義真日蓮義』)と厳しい批判を行っている。
この梁山の弟子・高橋善中は梁山説を布演し「法華経本門の三大秘法に於けるその本尊は、宇内一君の天皇を顕わし、戒壇はその本主の立たせ給うところの万邦一国の天坐を示めし、題目はその天坐の大日本を治め給う天法を云われている」(『天皇本尊建立』)とまで極論する。
これこそ国主法従の奴隷教学といって差支えない。
このような梁山、善中の際物教説を取り込み、権カ追従に終始した組織が教団内に生れた。
それが皇道仏教行道会(高佐貫長)である。
その説くところは「皇道仏教とは法華経の妙理を以て日本国体の尊厳なる所以を顕(あきら)かにし、大乗仏教の真精神を発揚して天業を翼賛し奉る宗教であります。
是を高祖日蓮大聖人は王仏冥合の三大秘法と称して後世に発達完成することを遺嘱されました。
(略)故に皇道仏教の御本尊は印度応現(おうげん)の釈迦牟尼仏ではなくて万世一系の天皇陛下で在らせられます。
又曼荼羅は本仏果海の十界当祖ではなくて日本国民が天皇陛下の御稜威(みいず)を奉戴して分擔精勤する諸職業であります」(『皇道仏教行道会の宗義』)というにある。
以上のように日蓮聖人の五綱教判の国判が、戒壇論と関わり王仏一乗、王仏冥合、法国冥合という言葉と共に、国主法従へと歪曲されて、それがいわゆる「国判法門」とされた歴史は深く反省されなければならない。
《執行海秀「近代日蓮教学の形成」『近代日本の法華仏教』、中濃教篤「皇道仏教行道会と日蓮宗団」『戦時下の仏教』、清水龍山『偽日蓮義真日蓮義』》