依憑天台集
依憑天台集
えびょうてんだいしゅう
一巻一冊。
最澄(七六七-八二二)著。
弘仁四年(八一三)九月一日。
『伝全』第三巻所収。
正しくは『大唐新羅諸宗義匠依憑天台義集』と称し、『依憑集』とも略称する。
「序」には「其時興日本第五十二葉弘仁七年丙申之歳也」とあり、序文は本文執筆の三年後に付記されたものである。
諸宗諸師の依憑天台の文を集めて「天台の伝法は諸宗の明鏡」であることを証するもので、一三章よりなる。
第一、大唐終南山豊徳寺律宗沙門道宣の天台・章安両大師の略伝。
第二、大唐越州嘉祥寺三論宗沙門吉蔵の天台宗に依る仁王経疏二巻。
第三、大唐僕陽法相宗沙門智周の天台宗に依る菩薩戒経疏五巻。
第四、大唐青龍寺翻経講論新法相宗沙門良賁の天台義に依る仁王経判。
第五、大唐京兆魏国西明寺華厳宗沙門法蔵の天台義に依る華厳義等二十三巻。
第六、大唐京兆静法寺華厳宗沙門恵苑の「法蔵所立の義は天台義の影響」。
第七、大唐五台山居士華厳宗李通玄の天台の位を判じての華厳会釈一四巻。
第八、大唐大原付崇福寺新華厳宗翻経沙門澄観の天台義を判じての「理致円満」。
第九、新羅国華厳宗沙門元暁の天台の徳を讃じての「証諸教時」。
第一〇、大唐南岳真言宗沙門一行の「天台の三徳数息三諦義に同ず」。
第一一、大唐大薦寺大仏頂宗沙門惟懿の天台義を引いての経疏・鈔。
第一二、天竺の名僧の天台の教迹を渇仰せる縁。
第一三、三論宗吉蔵の天台大師を屈請する文「法鼓を天竺に振う」。
以上、一三章は、中国・朝鮮両国にわたる律宗・三論宗・法相宗・華厳宗・真言宗等の諸宗諸師が天台に依憑する文を明示することによって、本朝の六宗および新来の真言家(空海)に対し、その誤謬を糺し、法華宗の真義を顕揚するものである。
宗祖は伝教大師の七宗弾呵の言として、『顕戒論』等と共にしばしば引用される。
特に「序」の「新来の真言家は則ち筆授之相承を泯ぼし、旧到の華厳家は則ち影響之軌模を隠す。
沈空の三論宗は弾呵之屈耻を忘れて称心之酔を覆い、著有の法相宗は僕陽之帰依を非し青龍之判経を撥う」の文はもっとも多くの引用を見る。
とくに文永後期以降には、本書を「大師第一の秘書なり」(『報恩抄』)として、特に真言破折の文に引用されることが多い。
『大田殿許御書』(文永一二年=一二七五)には「真言宗の天台宗に落たる状」として、『文句記』と共に本書をあげ、『撰時抄』(建治元年=一二七五)・『報恩抄』(同二年)等には「真言宗の誑惑」を証す証文として繰返し引用されている。
《『遺文辞典』歴史篇「依憑天台集」の項》