起顕竟
起顕竟
きけんきょう
日蓮聖人独自の法華経観を示す語で『新尼御前御返事』の「法華経の中にも迹門はせすぎて、宝塔品より事をこりて寿量品に説き顕し、神力品嘱累に事極りて候」(定八六七頁)の文に基づく。
この「事」とは法華経付嘱の大事、末法救済の大事をいうのである。
天台大師智顗を外相承の師とされた聖人は、法華経の見方において智顗の本迹二門の科文を継承し、迹門方便品の開権顕実と本門寿量品の開近顕遠を二門の教意とし、二乗作仏と久遠実成とを法華経の二箇の大事とされた。
しかし聖人は法華説法における二処三会の構成を重視し、虚空会十二品に中心を置いてその首尾起尽を明らかにし、本迹二門の教判的分文を越えた独自の教義と信仰を樹立されたのであり、それが起顕竟の法門である。
この法華経観は本門寿量品を中心とし、時に末法濁世、機は逆謗の凡夫との立場に立って、宝塔品は末法付嘱のために起り、神力品・嘱累品に付嘱の大事が竟って、虚空会の説法は終る、と付嘱という事実について法華一経を眺めた見方である。
法華経付嘱の説法は、法師品において法華経の三説超過を説かれた仏は、滅後末世の弘経について「此の経は如来の現在すら猶怨嫉多し、況や滅度の後をや」と示され、宝塔品において「誰か能く、此の娑婆国土に於て、広く妙法華経を説かん。
今正しく是れ時なり。
如来は久しからずして、当に涅槃に入るべし。
仏、此の妙法華経を以て、付嘱して在ること有らしめんと欲す」と説いて滅後の弘経者を募られ、「自ら誓言を説け」「当に大願を発せ」「宜しく大願を発すべし」と三度重ねて促されるのである。
この仏の諫暁に応じた迹化・他方の菩薩の此土弘経の発誓を、仏は涌出品において「止みね、善男子、汝等が此の経を護持せんことを須いじ」と厳しく制止拒絶され、滅後の弘経者として本化の菩薩を召出されるのである。
宝塔品の勅命に応じてここに顕れた本化地涌の菩薩が本門開顕の序となり、正しく寿量品において「然るに善男子、我れ実に成仏してより已来無量無辺百千万億那由佗劫なり」「我れ常に此の娑婆世界に在って説法教化す」「我れ成仏してより已来甚だ大に久遠なり、寿命無量阿僧祇劫常住にして滅せず」と、常住不滅の本師・本仏が開顕されたのである。
そして神力品において、仏は十神力を現じて「仏、上行等の菩薩大衆に告げたまわく(略)」と、特に本化の菩薩を召び出して寿量品所顕の大法を四句の要法に結んで付嘱して「如説修行」を勧奨し、嘱累品において総じて本化・迹化・他方の一切の菩薩に付嘱して「世尊の勅の如く当に具さに奉行すべし」と三度誓わしめて、法華経の滅後付嘱の大事は終了したのである。
ここに滅後末法救済の要法は寿量文底の本法たる妙法蓮華経の五字であり、本法弘通の師は本化地涌の菩薩であることが明らかとなり、法華の大法は末法の衆生のものとなったのである。
聖人は「本門は序正流通倶に末法の始を以て詮と為す。
在世の本門と末法の初は一同に純円也。
但し彼は脱、此は種也。
彼は一品二半、此は但だ題目の五字也」(定七一五頁)と述べ「已前の明鏡を以て仏意を推知するに、仏の出世は霊山八年の諸人の為に非ず。
正像末の為也。
又正像二千年の人の為の非ず、末法の始予が如き者の為也」(定七一九頁)と述べ、法華経は末法の時代社会を救済するために仏が説き置かれたものとする末法為正論、菩薩の上機よりも愚悪謗法の凡夫を正意とする凡夫為正論を強調されているのである(『観心本尊抄』『法華取要抄』等)。
そして日蓮聖人は「かくの如き高貴の大菩薩、三仏に約足して、これを受持す。
末法の初めに出でざるべきか」(定七一九頁)と述べて、自ら仏使として本化地涌の自覚に立たれ、この仏説を信受し、末法救済のため不惜身命の法華弘通に専念されたのである。
《**『日蓮辞典』『岩波仏教辞典』「起顕竟」の項》