普通広釈
普通広釈
ふつうこうしゃく
三巻。
五大院安然(八四一-九〇三-)撰。
日蓮聖人は『広釈』『安然広釈』と呼ばれるが、具さには『普通授菩薩戒広釈』、略して『普通広釈』という。
著作年は序に「元慶六年四月一五日」、書末に「元慶六年(882年)五月十五日覆検以畢 草堂寺五大院桑門安然記之」と。
時に四二歳。
『正蔵』七四巻、『安然撰集(天台宗叢書)』二巻収。
六祖湛然『十二門戒儀』に則って、七衆通授(普通)の円教菩薩戒を広釈したもの。
十二門とは開導・三帰・請師・懺悔・発心・問遮・授戒・証明・現相・戒相・奉持・広願で、第一の開導が最も詳しく、上巻全部を占める。
開導は定根機・観信心・察意楽・択道場・示師相・教戒徳の六項目に分れ、定根機では最澄の日本一州円機純熟の思想を祖述し、観信心では信心が菩薩戒を受けるときの根本であるとし、察意楽では欲即身成仏・欲永不失戒・欲重受仏戒・欲報四恩等の一〇種意楽ある者には悉く受戒すとし、択道場とは道場に内外あり、外道場は釈尊以来三国に建立されてきた戒場であり、内道場は我自身であるとし、示師相では授戒師に仏・菩薩・凡夫の三師あり、凡夫師では他宗戒師は外凡にも入らぬ故に無資格であり、円乗の仮名の菩薩のみ自他の仏性を信じて随喜し乃至正行六度を修する故に戒師たり得ると。
教戒徳では円乗の菩薩の戒徳を明して「受戒の日に即身に六即成仏す」と述べるあたり、最澄の受戒即解脱の思想はここに極まったわけである。
第二の三帰では各種の三宝を広釈し、第三の請師では釈迦・文殊・弥勒の三師を奉請する理由に四義を立てて釈し、第四の懺悔では理懺と事懺を明かし、第六の問遮では五逆・七逆に懺悔・受戒を許すか否かについて梵網・心地・瑜伽等の戒家の説を詳論し『普賢経』の説によって許す。
第七の授戒では三聚浄戒について蔵通別円の四教にわたって広釈し、円戒を伝受戒・発得戒・性徳戒の三面から詳説して仮名の凡夫も伝戒師となって授戒し得ることを明示すべく努力している。
ここでも受戒の当処に凡夫が六即成仏すると説き、『蓮華三昧経』の本覚讃を引いて円密不二の戒を主張している。
第一〇の戒相では七衆格別の戒法と七衆共通の戒法とについて各種の経典を引いて詳説。
第一一の奉持では摂津儀戒については五八戒を一〇門にわけて説き、摂善法戒では捨菩提心と遠離三宝とを戒め、(密教の四波羅夷に当る)、摂衆生戒では四恩報謝を衆戒の根本として勧める。
本書中には密教戒にわたることもあるが、全体としては安然自身も「今は天台に依って略四教菩薩の戒を明す」(顕戒徳)という如く、密教戒の説明についてはこれを『教時義』二、『胎蔵具支灌頂記』三に譲る。
日蓮聖人は三八-三九歳の作の『守護国家論』『災難興起由来』『災難対治鈔』『十法界明因果鈔』『後五百歳合文』『一代五時継図』『釈迦一代五時継図』等に盛んに本書を引用されるから、この当時に本書からの影響を受け、やがて伊東配流の翌年四二歳の『四恩鈔』で『心地観経』の四恩説に立脚して四恩が説かれたのは、本書に依られた結果に違いない。
なお『註法華経』(結一二-一一裏)に本書の第一開導の四恩説からの抄写が見られる。
《敬光顕道『円戒膚談』、恵谷隆戒『円頓戒概論』、石田瑞麿『日本仏教における戒律の研究』、浅井円道『上古日本天台本門思想史』、『遺文辞典』歴史篇「広釈」の項》