妙傳寺聖典個人版 新・電子聖典

日蓮大士真実伝(小川泰堂著)

にちれんだいししんじつでん #2965

日蓮大士真実伝( 小川泰堂著)

にちれんだいししんじつでん

高祖遺文録』の校訂者として知られる日蓮宗在家居士・小川泰堂(一八一四-七八)の著した日蓮聖人の伝記
全五巻。
慶応三年(一八六七)四月八日に江戸大伝馬町の文渓堂丁字屋平兵衛方より初版が刊行された。
一の巻は日蓮聖人の初歳より二九歳(貞応元年-建長二年)、二の巻は三〇歳より三五歳(建長三年-康元元年)、三の巻は三六歳より四六歳(正嘉元年-文永四年)、四の巻は四七歳より五二歳(文永五年-文永一〇年)、五の巻は五三歳より六一歳(文永一一年-弘安五年)。
日蓮聖人の生涯を編年体で記述している。
この書は、近代日本における日蓮大士像の大衆的普及に貢献し、「高祖日蓮大士」の風姿を浮き彫りにしたこと、日蓮聖人の研究や戯曲化の原典となったこと、の二点で最も代表的な日蓮聖人の伝記書とされている。
明治二〇年(一八八七)に東京銀花社から再版されて以来、平楽寺版、師子王文庫版、錦正社版など昭和期にいたるまで、およそ二〇種にわたって刊行されたロングセラーである。
また、同書を底本として勝諺蔵が『日蓮大菩薩眞実伝』を書いて脚本化したのを始め、明治期を中心に中村座、市村座などで『日蓮大士眞実伝』の内容が上演された。
この書の特色は次の点にある。
(一)日蓮聖人の一生の起居動作(たちいふるまい)を記した信心増進の書であること。
仏勅にまかせて法華経を末法の世界に輝やかせた四海仏門の棟染であり「衆生救護の大導師」である日蓮聖人の大慈大悲を讃歎し、「本化聖者垂迹」の風姿を描くことによって、読む者に随喜の心をおこさせ信心増進のかけはしとすることをめざしている。
(二)「婦女童幼(おんなわらべ)」を対象とし、平易さと大衆化を意図した仮名ふりの祖師伝であること。
とくに画を見、文を読むことによって日蓮大士ならびに日蓮宗における弘通のありさまを明らかにしようとし、長谷川雪旦の子雪提の描いた九五葉の挿絵がおさめられている。
また、全文にふり仮名がつけられ、読みやすさと平易さに工夫がこらされている。
これは、庶民の中に「高祖日蓮大士」の姿を広めていく立場から絵詞伝として構成したことを示している。
(三)日蓮聖人の教えの内容は祖書ならびに諸先哲の確説に基づき、既刊の伝記書と考合しながら、それまで刊行されてきた伝記書の中の伝説を折衷し日蓮聖人の一生を編作したこと。
えの内容ならびに祖書の解説は「宗門宗致の法門は一宗門の大事にて茲に尽すべきにあらず」という立場に基づいて簡略に記すにとどめ、むしろ日蓮聖人の活動に比重をおき、教えを説き語っていく動的な日蓮聖人の風姿を繰広げることを主眼としている。
全五巻の一巻ずつがそのまま日蓮聖人による弘通のありさまや衆生を救護する慈悲の姿を、いにしえを見るがごとくに描き出している。
「大士笑(えみ)を含み給ひ、さればと大塔を建んには先(まず)その足代を組(くむ)これを方便といふ。大塔全く成就せば、足代を取捨るなりこれを真実といふ」とか「日蓮大士高声に呼び宣(のたま)ひけるやう。各々さわがせ給ふな。子細はあらじ。最後に臨んで、八幡大菩薩にいふべき事ありとて、本社をはったと白眼(にらみ)給ひいかに此八幡大菩薩は実(まこと)の神かただしは邪神なるか」と表現されるごとく「語り」の重視は本書の大きな特色になっている。
また、本書は近世初頭いらい刊行されてきた祖師伝を継承・再編したもので、四〇種目の祖師伝に当っている。
六牙日潮『本化別頭仏祖統紀』、日澄『日蓮聖人註画讃』、日朝『元祖化導記』、日省『本化別頭高祖伝』あるいは深見要言『本化高祖紀年録』、中村経年『日蓮聖人一代図絵』など、日蓮宗僧侶と在家信者の書いた祖師伝を受継ぎながら、漢文体の祖師伝が在家の者には読みにくく、また平易な絵入り祖師伝の場合は実に詳しくないという欠陥を克服しようとして本書は著述された。
(四)法華現証の功徳と利益をもたらす救世の聖者日蓮大士像を浮き彫りにする点にモチーフをおき、奇瑞伝承と夢想譚を描いていること。
(五)正法を守護する神徳を記し国家守護に努め蒙古調伏・怨敵退散を祈る護者としての日蓮大士像を示していること。
(六)日蓮聖人の弟子である六老僧中老僧・十八師以下の末師ならびに帰依の男女やいちじ結縁の人々に至るまでの柄を記し、更に霊跡の内容を文中に別記することにより「本化の聖者・垂迹の顛末・大法流布の基元」を明らかにしていること。
小川泰堂は、実際に霊跡の地を探訪し、寺院縁起や霊跡の伝承を綴り宗門弘通のありさまを提示した。
ここから本書は、霊跡伝承めぐりのガイドブックとしての格を持っている。
これらの特色をそなえている本書は、読みやすくおもしろい絵詞伝であると共に、救世の聖者日蓮大士像を生き生きと描き出した衆生救護の一代記としての信仰的・文学的特質を深く刻みつけている。
近代における日蓮聖人伝記の原典として不滅の命脈を保っている。
《小川雪夫『小川泰堂伝』、小川雪夫「小川泰堂の一側面」『日蓮主義』一五―三、冠賢一「近世における『日蓮聖人伝』の出版」『日本仏教』第二七号、石川康明「小川泰堂―日蓮大士像の唱導者」『近代日蓮教団の思想』》

図版

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