深見要言
深見要言
ふかみようごん
(-一八〇〇-)
江戸後期の在家日蓮聖人研究者。
奥州菊田郡名古曽関または勿来関(なこそのせき)九面村(福島県いわき市勿来地区)の生まれで、名は徳一、字は至厚と称した。
初め真言宗を奉じたが五年程眼病に悩み、聖人ならびに七面神に願を懸けて二三年の間に三〇回の身延山参詣を行い、ついに眼病を治して日蓮宗に改宗した。
謝徳のために法華一六万部の経題を課誦し、自読の題目五千部、仏像を刻むこと五体、七面山には紺紙金泥の法華経を納めたという熱烈な信仰者である。
著作に『本化高祖紀年録』『本化高祖累歳録』の祖師伝、「重乾遠三師伝」「日親大上人行状記」「行学院日朝上人伝」の高僧伝、そして『本化高祖御書』『立正安国論説義』『高祖御書略』等、御書の校訂、出版がある。
とりわけ『本化高祖御書』の校訂・出版は、建立院日諦が聖人の五百遠忌記念事業に『真筆対校御書』を出版する目的で、諸本山の真筆御書の対校を深見要言に依頼したことから始まる。
要言は『真筆対校御書』の底本作成のため、寛政一二年(一八〇〇)四月には中山法華経寺の宝蔵に入蔵する。
この事実は後年、小川泰堂居士が『高祖遺文録』校訂のために、諸本山あるいは中山の宝蔵に入り、自由に真筆と対照しえたことと軌を一にする。
在家居士深見要言の御書研究の立場とその学識の深さを如実に示すものといえる。