授記
授記
じゅき
漢訳経典にはこの語は、受記、記、記説、記別、記莂、授決等の語をもって記されている。
原語は梵語ではvyākaraṇa、パーリ語ではveyyākaraṇaである。
このvyākaraṇaは語根…kṛに接頭辞vy-āを付し、更に中性名詞を作る接尾辞anaを付したものである。
この語は原始経典においては、種々な意味に使用されているが、大乗経典では「授記作仏」即ち「未来成仏の予言」という意味に限定して使用されている。
原始経典のパーリ経典中におけるこの語の用例を大別すると、(一)文法、(二)九分教の一支、(三)予言記説、(四)説明解釈、(五)返答、の五種に分けることができる。
これらの意味に使用されてきた語が、どのようにして大乗経典において「未来成仏の予言」を意味する授記または記別とされるに至ったものか、それは前記五種の中の「予言記説」の用語のなかにその萠芽を見出すことができる。
パ・漢四部四阿含についてその内容を検討すると、すべての資料にわたって存するものは、「釈尊による死後の再生についての記説」と、生者に対するものとして「釈尊による証果の記説」及び「自己による証果の記説」との三種を挙げることができる。
原始経典の中でも最も初期に属すると考えられるSuttanipātaでは、このvyavkrは殆ど問に対する説明解説の意に用いられており、それが四部四阿含にきたって、死者の再生に関する説明予言の意味を持つことになり、更に自己の得たところの心境を釈尊によって記説せられることになり、また自己の得たところの心境を自ら記説するということになったものである。
釈尊在世及び滅後未だ人々の間に強く釈尊の記憶が残存していた間は、釈尊による証果の記説を得る必要が無いわけで、同じく人間として生れ、修行の結果、完全円満な人格を完成された釈尊を目前にして、誰もが修行をして仏となる可能性を疑うものはなかったであろうし、また自己の実践する法を釈尊によって保証される必要もなかったであろう。
しかしながら時代が下るに従って、釈尊を我々とは異ったはるかに偉大な能力を持った人格と考えるようになり、それに対して我々が仏となる可能性はそれだけ薄らぐわけである。
そのような偉大な人格である釈尊によって、自己の実践する法の保証、即ち、証果の記説を得るという形式が生じたものと考えられる。
一方、法を絶対視する傾向からその絶対的なる法の実践によって、自ら自己の証果を記説するという形式が生れたものである。
前述の如く、死後の再生、未来の得果についてもすべての資料に見られるところであり、このような傾向が釈尊の過去世を物語る本生譚 (Jātaka) の発生により、成仏確定者としての菩薩即ち釈尊の前生身と結び付き、更に過去仏の思想と結合して、授記仏としての使命をもった燃燈仏 (Dīpaṃkara) を生みだしたものである。
この授記思想は本生経類の中で発展していったものである。
弟子信者達の憧憬から釈尊の過去と未来とに多くの仏菩薩を設定するに至ったが、その中で前生の釈迦菩薩との関係において説かれたのが燃燈仏である。
この燃燈仏は小乗共通の過去六仏とはそのソースを異にするもので、授記という使命をもって新たに創り出された仏である。
菩薩は成仏への確定者であるが、無師独悟者ではないから、それを裏付けるものがなければならない。
かくて燃燈仏が設定され、燃燈仏によって釈尊が記別を与えられたと説くに至ったのである。
成仏の根拠を理論的に説明することができない段階においては、自分達が絶対視する所の仏によって、その保証を与えられるということが最も価値あるものであることはいうまでもない。
更にそれが三世諸仏次第出現という考え方と結合して、それぞれの仏が次に仏となるべき菩薩に授記をするという諸仏次第授記という形式が生じた。
このことはやがて『増一阿含』や『大事』に見られる「仏の作すべき五事」の一つとして「仏は次に仏となるべき菩薩に授記すべきである」とされるに至るのである。
このように縦に過去未来の仏を創り出したことは、やがて更に進んで、横に現在世の諸仏の存在を認めざるを得なくなり、他世界にも諸仏が存在することになり、諸仏が存在すれば菩薩もまた多数存在することになる。
このように菩薩が十方世界に存在することを認めると、いろいろな形の菩薩の出現という考え方と相俟って、一仏一菩薩から、一仏多菩薩となったのである。
元来、授記作仏は何劫の間修行して、当来世において某という仏となるであろうというのが最も早く現れたものであるが、燃燈仏の授記以後、菩薩思想の発展と共に、その形式内容共に複雑多彩になってきたものである。
大乗経典、特に初期大乗経典における授記は、この燃燈仏授記と同じく、成仏の授記を説くもので、殆どの経典に見られるが、特にこの授記を最も効果的に取入れて用いたのは法華経である。
法華経は二乗作仏を主題の一つとするのであるが、その二乗が作仏する根拠をこの授記という形式をかりて表したのである。
このことは印度における法華経の二乗作仏に対する解釈からもそれを窺うことができる。
即ち法華経の二乗作仏は「仏教中の不可思議」あるいは「仏の善巧方便」「唯仏能知」とのみあって、どれも理論的説明を欠いている。
これが中国の論釈になると殆どが「仏性」によって説明している。
これによっても二乗作仏がいかに大きな問題であり、更に法華経がそれを示すためにいかに苦心をし、授記という形式以外に二乗成仏の根拠となるものがないということを知って、それをかりて道益の普遍性を表さんとしたものである。
仏性を記し『涅槃経』及び如来蔵を説く如来蔵経典群の出現によっても、授記はその存在理由を失い、その形式内容ともにまた簡単なものへと移行してゆくことになったのである。
ということは成仏の根拠としての仏性、如来蔵への出現が授記の持つ役割を果すことになったからである。
また法華経における授記の方法は、天台大師以来、正説・領解・述成・授記の四段に分けて説明されている。
「正説」とは正にこの授記の教えを説くことで、「領解」とはこの教えを弟子が了解すること、「述成」とは釈尊が弟子の理解を徹底ならしめるために更に重ねて教えを説くこと、「授記」とはここで始めて将来の世に仏になるであろうということが約束されることである。
このようにして法華経はそれまでの大乗経典が否定して来た二乗の成仏を説くのであるが、大乗仏教が利他即自利の菩薩行を奨励しているのに、一部の人間は利己的であるからとの理由で永遠に仏になれないとするのは利他行の限界を自ら暴露するのに等しい。
この意味では法華経以前の教えは仏陀の慈悲に限界を設けることになり、差別観に堕してしまっているともいえる。
法華経はこの点を強く意識して諸仏を釈尊に統一し、声聞の成仏だけでなく悪人・女人成仏へと論理を展開し、平等大慧へと止揚し、仏陀の慈悲が円満なることを説明しようとした。
即ち大乗経典は法華経に至って救済の論理的完結を見たともいえるのである。
日蓮聖人は『千日尼御返事』に「妙荘厳王の邪見と舎利弗が正見と同じく授記をかをほれり」(定一七六〇頁)
など遺文の随所に授記記述をのせている。
《『遺文辞典』教学篇「記別・記莂・記䇷」「授記」「受記」の項、『日蓮辞典』『天台学辞典』『広説仏教語大辞典』『新版仏教学辞典』『岩波仏教辞典』「授記」の項》
(田賀龍彦)