遺教経
遺教経
ゆいきょうぎょう
鳩摩羅什(三四四-四一三)訳『仏垂般涅槃略説教誡経(ぶつすいはつねはんりやくせつきようかいぎよう)』の略称。
一巻。
『正蔵』第一二巻所収。
仏陀が娑羅雙樹の間で涅槃に入るときに最後の説法をして弟子達に遺した教え。
以下に要点を和訳しておく。
「釈迦牟尼仏初めに法輪を転じて、阿若憍陳如を度し、最後の説法に須跋陀羅(しゆばつだら)を度し給ふ。
応に度すべき所の者は、皆度し訖(おわ)って、娑羅雙樹の間に於て、将に涅槃に入り給はんとす。
是の時中夜(ちゆうや)寂然(じやくねん)として声無し。
諸の弟子の為に略して法要を説き給ふ。
汝等比丘、我が滅後に於て、当に波羅提木叉(はらだいもくしや)を尊重すべし、当に知るべし此は汝等が大師なり。
若し我れ世に住するとも、此れに異ること無けん。
浄戒を持たん者は販売貿易(ぼんまいむやく)し、田宅を安置し、人民奴婢畜生を畜養することを得ざれ、一切の種植及び諸の財宝、皆当に遠離すること火坑を避くるが如くすべし。
草木を斬伐し、湯薬を合和し、吉凶を占相し、星宿を仰観し、暦数算計することを得ざれ。
身を節し時に食して清浄に自活せよ。
世事に参預し、咒術し仙薬し、好を貴人に結び、親厚することを得ざれ。
当に自から、端心正念にして度を求むべし。
四供養に於て量を知り足るを知るべし。
戒は是れ正順解脱の本なり。
此の戒に依固すれば、諸の禅定及び苦を滅する智慧を生ずることを得べし。
汝等此丘、已に能く戒に住したれば、当に五根を制すべし。
放逸にして五欲に入らしむること勿れ。
苦は一世に止まるも、五根の賊は禍殃(かおう)累世に及ぶ。
此の五根は心を其の主と為す。
是の故に汝等当に好く心を制すべし。
心の畏るべきこと毒蛇・悪獣・怨賊よりも甚し。
譬へば人あって手に蜜器を執り動転軽躁して、但だ蜜のみを観て深坑を見ざるが如し。
是の故に比丘、当に勤めて精進し、汝が心を折伏すべし。
汝等比丘、諸の飲食を受けては当に薬を服するが如くすべし。
好きに於ても悪きに於ても増減を生ずること勿れ、わずかに身を支ふることを得て以て飢渇を除け、人の供養を受けてわずかに自ら悩を除き、多く求めて其の善心を壊することを得ることなかれ。
汝等比丘、昼は勤心に善法を修習して、時を失せしむること勿れ。
初夜にも後夜にも亦廃すること有ること勿れ。
中夜に誦経して以て自ら消息せよ、睡眠の因縁を以て、一生空しく過して所得なからしむること勿れ。
当に無常の火の諸の世間を焼くことを念じて早く自度を求むべし。
諸の煩悩の賊、常に伺って人を殺すこと怨家よりも甚し、安ぞ睡眠して自ら警寤せざる可けんや。
慚耻の服は諸の荘厳に於て最も第一なりとす。
若し無愧の者は諸の禽獣と相異ること無けん。
汝等比丘、当に自ら心を摂めて瞋恨せしむること無かれ。
若し恚心を縦にすれば、道を妨げ、功徳の利を失す。
忍の徳は、持戒苦行も及ぶこと能はざる所なり。
汝等比丘、当に自ら頭を摩づべし。
已に飾好を捨て、壊色の衣を著し、応器を執持して乞を以て自活す。
若し憍慢を起さば、疾く之を滅すべし。
出家入道の人、解脱の為の故に、自ら其の身を降して而も乞を行ずればなり。
汝等比丘、諂曲の心は道と相違す。
是の故に宜しく其の心を質直にすべし。
多欲の人は利を求むること多きが故に苦悩も亦多し。
少欲を行ずる者は、心則ち坦然として憂畏する所無し。
汝等比丘、若し諸の苦悩を脱せむと欲すれば、当に知足を観ずべし。
不知足の者は富めりと雖も而も貧し、知足の人は貧しと雖も而も富めり。
汝等比丘、若し寂静安楽を求むれば、閑居に独処すべし。
汝等比丘、若し勤めて精進すれば、則ち事として難き者無し。
汝等比丘、善知識を求め、而も忘念せざれ。
汝等比丘、常に精勤して諸の定を修集すべし。
若し定を得れば心則ち乱れず。
汝等比丘、若し智慧あらば、則ち貪著無し。
実に智慧は則ち是れ老・病・死の海を渡る堅牢の船なり。
是の故に、当に聞・思・修の慧を以て自ら増益すべし。
汝等比丘、若し種々に戯論すれば其の心則ち乱る。
汝、寂滅の楽を得むと欲すれば、唯当に戯論の患を滅すべし。
汝等比丘、若しは山間・樹下・静室にても在れ、所受の法を念じて忘失せしむること勿れ。
為すことなくして空しく死すれば、後に憂悔を致さむ。
我は良医にして病を知って薬を説くが如し。
服すると服せざるとは医の咎に非ざるなり。
汝等比丘、自今已後、展転して之を行ぜば則ち是れ如来の法身自常に在りて滅びざるなり。
常に当に一心に出道を勤求すべし。
一切世間の動・不動の法は皆是れ敗壊不安の相なり。
汝等且く止めよ。
復た語るを得ること勿れ。
時将に過ぎむと欲す。
我れ滅度せむと欲す。
是れ我が最後に教誨する所なり」。
日蓮聖人は『一代五時図』(定二三三四頁)『一代聖教大意』(定五七頁)等において本経は『阿含経』の結経にして戒を説く経なりと解説する。
《『遺文辞典』歴史篇「遺教経」の項、『大蔵経全解説大事典』「〇三八九・仏垂般涅槃略説教誡経」の項、『仏書解説大辞典』「仏垂般涅槃略説教誡経」の項、『岩波仏教辞典』「遺教経」の項》