観心本尊抄私見聞
観心本尊抄私見聞
かんじんほんぞんしょうしけんもん
常師見聞とも称す。
巻初および奥書に「弘安六年卯月上旬五日始之 常忍坊注之」とあり、富木常忍(一二一六-九九)の作と伝承されるが、『顕要抄』一三丁に「遠公云、録外第三観心本尊得意抄日祐作也云云」とあり、昭和定本続篇二七の『観心本尊抄文段』(また得意鈔ともいう)が中山三代の日祐の作であるとすれば、この文段に基づいて『観心本尊抄』に註釈を施した本書は、更に後人の作といわねばならない。
一巻。
『観心本尊抄』(『仏教大系』二八)、『宗全』「上聖部」収。
初めに高祖御作と称する「観心本尊抄略頌」を挙げる。
この頌は七字一句の計二〇句からなり、次に掲げる文段の科文を偈頌風に仕立てて記憶の便に供したもので、『摩訶止観』序の「円頓者初縁実相」の文を誦するように、「当流の者は此頌を以て事行に誦すべき也」という。
二にこの頌の次第生起を図示して、二〇句の中から一念三千並似文、有情非情皆成仏、己身具足常住尊、迹本二門末法正、地涌正付並諸付の五句を抽出して、これに他の一五句を所属させているが、この図は次の五段の科文と正しく符合している。
三に高祖御作と称する『観心本尊得意抄』の五段の科文を図示す。
五段とは、一に観心の釈を出す、二に一念三千の情非情に亘る証文を明す、三に三千常住所化同体、己心本尊の相貌を明かす、四に法華迹本二門の弘通、説時の傍正を明かす、五に結要正付並に諸付嘱の相を明かす。
これ昭和定本続篇二七の『観心本尊抄文段』の科文と二三の字句の異同があるだけで、殆ど全同である。
この科文には序・正・流通の指示がないが、恐らく第一・第二の二段が序分、第三段が正宗分、第四・第五の二段を流通分とする意であろうと思われる。
すると『観心本尊抄』の眼目は観心本尊を明かすにあるとみて、能観の題目と所観の本尊とを明かすとは、まだ見ていないことになる。
従って能観題目段の結論たる自然譲与の文は第二段の「一念三千、情非情に亘る証文」の中に埋没している。
しかしこの科文は恐らく本書によって聖人自身の科文と信ぜられていた為、『啓蒙』『祖書綱要』等の重要末註でこの五段を基として解釈を施した書は多い。
心性日遠の『鈔』や日好の『扶老』等が親撰に非ずと論ずるに至って漸く五段から脱皮した解釈も生れることになった。
四に入文解釈。
初めに『送状』の解釈。
次に題名の訓み方「如来滅後後五百歳に始たる心の本尊を観ずる抄」と文点を打つが、ここに『観心本尊抄』を本尊のみを説いた抄と見る意が伺える。
次に文段毎に各文段下に属する本文を挙げ、これに註釈を施す。
二、三の特徴を述べれば、第一八番問答(定七〇七頁)以下は事の一念三千の義相を説くところであるが、本書にはそういう注意は見られない。
一念三千の理から事への展開に関する注意が見られないのである。
「釈尊の因行果徳の二法は妙法蓮華経の五字に具足す云云」(定七一一頁)の自然譲与の文に関する解説を欠落している。
第三段に入って「今本時の娑婆世界は云云」(定七一二頁)の四十五字法体段の解釈はある。
「意は此の娑婆とは寂光本有の国土也」と簡単に釈するが、それを身士一念三千の本理から生じた聖語とするところは丁寧である。
《望月歓厚『日蓮宗学説史』、『日蓮聖人御遺文講義』三、『観心本尊抄』(『仏教大系』二八)解説》