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脱仏思想

だつぶつしそう #4542

脱仏思想

だつぶつしそう

教主釈尊を脱益(だつちやく)の仏として、種脱勝劣を立てる思想。
興門の大石寺派(日蓮正宗)の「日蓮本仏論」で鼓吹された独特な義。
脱益とは種・熟・脱の仏の教化次第をいう三益論の一つで、下種された仏の種子が調熟されて得脱することをいう。
衆生からいえばこれは仏から受ける利益(りやく)なので、下種益・熟益・脱益という。
この化導三益は法華経の特色的法門の一つで、天台智顗は『法華文句』巻一上に、三世九世四節の種熟脱を論じて、法華経の益を力説している。
これは迹門三益と本門の三益に大別でき、化城喩品大通智勝仏三千塵点劫の下種益の教説によるのが迹門の三益となり、寿量品の五百塵点劫の久遠本仏の下種から始まるのが本門の三益となる。
本門三益は、五百億塵点劫の久遠の昔の本仏釈尊が衆生の心田に仏種を下してきたことを下種益とし、中間において大通仏の時の法華説法、四二年の諸経、迹門法華経等によって調熟するのを熟益、本門正宗分寿量品において真に解脱するのを脱益とする。
日蓮聖人はこの天台の三益論を基盤としながら、自ら末法弘通の法華経実践体験によって、三千塵点・五百塵点の下種を退せし「本未有善」の末法の衆生に対し、教主釈尊は更に寿量品の肝要をもって下種即脱の教化を行うとして(『本尊抄』取意)、独自な末法下種論を展開した。
聖人の思想によれば、寿量品建立の事の一念三千南無妙法蓮華経の大良薬は、仏の因行果徳を具したもので末法唯一の正法であるが、その妙珠が下種されたところ得果解脱が成就しているのであるという、種脱の立場である。
ところが大石寺派では、九世日有あたりから種脱教主に勝劣を立て、釈迦は脱益の教主宗祖下種益の教主で、釈迦に対すれば本仏であると主張しだした。
この説が江戸期の二六世日寛によって大成され、日蓮本仏論が石山学の中心となっていく。
日寛は『本尊抄』の本門三段に対し文底下種三段を設け、文上の本門は脱益の教、文底の三大秘法は末法下種の要法として種と脱に法体勝劣を立て、脱益の教を説く釈尊は下種教主日蓮に対すれば迹仏にすぎず、末法には無用の存在であると極論するようになる。
この日寛の種脱論がそのまま近代に至って創価学会に取入れられ、学会学の根本にすえられた。
彼らは解脱成仏の意の脱益を、「日蓮本仏論」から「脱けがら」と曲解し、脱益の釈尊は脱けがらの仏で末法には利益のない脱であるとするのである。
この脱仏思想が因果論を習いそこなった曲説であることは、仏教思想の上からも純正日蓮教学からも容易に指摘できるが、もともと大石寺派の教学は中古天台本覚法門の影響下に偽作された石山独自の口伝書を起点として展開したため、法華経本門の教主を迹劣としてその奥に本地身をみる傾向に流されていったものである。
脱仏思想は終局的には法華経そのものを否定する意図をもち、聖人の宗教を崩壊させる危険な思想であり、厳しい批判が必要である。
《『宗全』四巻「日蓮正宗部」、創価学会発行『仏教哲学大辞典』、日蓮宗宗務院編『創価学会批判』》

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