乗戒緩急
乗戒緩急
じょうかいかんきゅう
乗と戒とを三学に配当すれば、乗は定慧二学、仏法を聞き、思索して納得し、これを体得するために修行すること。
戒とは戒学、身口意の非を防ぎ悪を止めるために戒律を遵守すること。
緩急とは熱心に遵守し修行することを急といい、緩とは懈怠して不熱心なことをいう。
『大般涅槃経』(南本)の四依品に「善男子、乗に於て緩なる者は乃ち名けて緩と為すも、戒に於て緩なる者は名けて緩と為さず。
菩薩摩訶薩、此の大乗に於て心懈慢ならざる、是を奉戒と名く。
正法を護らんが為に、大乗の水を以て自ら澡浴す。
是の故に菩薩、破戒を現ずと雖も名けて緩と為さず」と。
この経文をうけて『摩訶止観』は方便章の具五縁の項の第一持戒清浄の項において、乗戒の緩急について四句分別を設けて、これを解説する(四-二)。
まず乗戒を規定して、乗とは理戒、即ち一心三観の観心修行のこと、戒とは『大智度論』所説の十戒等の事戒をいう。
次に四句分別して、一に乗戒倶急とは戒急の故に人天の果報を得、乗急の故に見仏し得道する。
二に戒緩乗急とは戒緩の故に三悪道に堕するが、乗急の故に三途にて見仏し得道する。
三に戒急乗緩とは戒急の故に人天に受生するが、聞法しても開解することなく、果報尽きれば三途に堕して得道の期なし。
四に事理倶緩とは戒緩の故に地獄に堕ち、乗緩の故に得道の期なしと。
かくて天台大師智顗は戒緩は許容したが、乗緩は許さなかったことになる。
『摩訶止観』十章中、第六の方便章の中で持戒を説き、第七の正修章で観心の乗を説くから、智顗は戒学を止観正修のための方便の一と考えていたことになり、従って、戒急よりも乗急を重んじたことになる。
ところが伝教大師最澄は、智顗の未弘の円戒の戒壇を比叡山に別立して、三学具備の天台宗たらしめたことによってもわかるように、戒に定慧二学を合併し、受戒即解脱の教学を樹立して、受戒を重んじた。
この日支両天台の相違により、比叡山には「戒法断惑」の論題がある。
日蓮聖人は『守護国家論』(定九五頁)に法華経宝塔品の「此の経は持ち難し、若し暫くも持つ者は我則ち歓喜す。
諸仏も亦然なり。
是の如き人は諸仏の歎めたもふ所なり、是れ則ち勇猛なり、是れ則ち精進なり、是れを戒を持ち頭陀を行ずる者と名く」の文を引いて「末代に於ては四十余年の持戒なし。
唯だ法華経を持つを持戒と為す」と割注し、次に先引の『涅槃経』の文を挙げて、これに「是の文は法華経の戒を流通する文也」と割注する。
従って聖人の意見は宝塔品の「是名持戒」の経文に基づいて、法華経受持即持戒であり、乗急戒緩を末代行者の行法とされたことになる。
『四信五品鈔』の「仏正しく戒定の二法を制止して一向に慧の一分に限る。
慧も又堪へざれば信を以て慧に代ふ」(定一二九六頁)の文もまた同意である。