頭陀
頭陀
ずだ
dhūta煩悩の垢(あか)を払って仏道を求めるための苦行。杜多・杜荼・塵吼多ともいい、修治・料擻・浣洗・棄除などと訳す。また頭陀事・頭陀法・頭陀行ともいう。
『十二頭陀経』『大乗義章』第一五等では、仏道修行者が衣・食・住にわたり少欲知足を行ずるために、頭陀行に一二種の条目を立てて十二頭陀を説く。
即ち(1)在阿蘭若処(ざいあらんにやしよ)(人里離れた山林広野の静かな場所に住む)、(2)常行乞食(じようぎようこつじき)(常に乞食を行ずる)、(3)次第乞食(しだいこつじき)(家の貧富を分かたず次第に乞食する)、(4)受一食法(じゆいちじきほう)(一日に但だ一食とする)、(5)節量食(せつりようしじき)(食量を節し食べ過ぎない)、(6)中後不得飲漿(ちゆうごふとくおんしよう)(中食を過ぎて後は樹の汁や果汁等の漿を飲まない)、(7)著弊納衣(じやくへいのうえ)(廃物となった布を拾得して作った衣を着、新しい衣を貪らない)、(8)但三衣(たんさんね)(三衣即ち九条・七条・五条の袈裟衣以外は身につけない)、(9)塚間住(ちようげんじゆう)(墓場に住む)、(10)樹下止(じゆげし)(仏の如く樹の下に坐して思惟・求道する)、(11)露地坐(ろじざ)(空地に坐る)、(12)但坐不臥(たんざふが)(常に坐して横にならない)。
この中(7)・(8)は衣に関する行、(2)・(3)・(4)・(6)は食に関する行、(1)・(9)・(10)・(11)は住に関する行、(12)は威儀に関する行である。
法華経宝塔品では「此の経(法華経)は持(たも)難し、若し暫くも持つ者は(略)是れを戒を持ち頭陀を行ずる者と名づく」と説き、法華経を持(たも)つことがそのまま頭陀の行であるという。
《『遺文辞典』教学篇「頭陀」の項、『岩波仏教辞典』「頭陀」の項》