嘉会宗義鈔
嘉会宗義鈔
かえしゅうぎしょう
上下二巻。
啓運日澄(一四四一-一五一〇)著。
写本が立正大学図書館に所蔵される。
本書は宗教の五箇、宗旨の三秘を論述したもので、寛正二年(一四六一)、本成日実著になる『当家宗旨名目』二巻が三秘五綱等を記述したのに続く宗義概説書として著名である。
ただし五綱の「時」を論ずるなかで「今天文四年は仏滅二千四百八十年に当る」と述べ、仏滅後二五〇〇年が間もなく来るから末法の始めも余すところ数年であって、正しく広宣流布の嘉会も間近にあるといい、それまで余生をたもって嘉会の宗運に逢えるか否かを危ぶんでいる。
本書の書名もここに根拠するのであるが、その天文四年は日澄が示寂した永正七年から二四年後に当り、年代上の矛盾を生じるのである。
そこから、本書が果して『日蓮大聖人注画讃』『法華啓運鈔』等を著した日澄の筆になるものかどうか、大きな疑問を生ずるのである。
本書において本迹論は一致に立ち、台当の相違の中心は総別付属にあるとして、(一)付属、(二)所属法、(三)所付人、(四)出世時節、(五)修行、(六)・(七)本無、(八)観法位、(九)所化機、(一〇)得益の十異をあげている。
これらの相違の理由については宗教の五綱を説明する中で触れている。
即ち教については、捨劣得勝の立場から次第に法華経の超勝を述べ、本門の題目について言及しているが、本門の題目と呼ぶのは迹化未弘の法と区別するためであるとしている。
更に五重玄が題目に具足するためには本迹一致でなければならないとしている。
機については末法は本未有善・三毒五欲の深重なることを挙げ、これらは本門の直機であると述べる。
そして世・出世間においても時を知ることが肝要であり、法華経一経に摂受・折伏の二説があるも、末法は不軽菩薩の行規のごとく、折伏下種の時であるとして、下種得脱の利益を述べている。
以上の教機時の説明において、主に(五)-(一〇)の台当異目を述べたのが上巻である。
下巻には国と序を挙げて(一)-(三)に触れ、宗旨の三秘に言及している。
まず国については、日本国は法華経有縁の国であり、しかも本門四依の上行菩薩の宗旨が始まった国であることを述べ、序については迹化と本化の四依を相対している。
そして本化別付の要法は三大秘法にあるとして、宗旨の三秘を論じる。
即ち本尊は本門寿量品の無作実仏の本仏であり、その外相は本門四依を脇士とする仏本尊を強調している。
しかし一面には久遠本仏の内証である題目が深義の本尊であると述べている。
本門題目とは事本尊を表明した曼荼羅の中央首題を指し、本門と題することは像末を相対するからであり、迹門付属の法に対する本門付属の要法を意味するとし、その法体においては本迹同体の妙法蓮華経であると述べられている。
更に本門戒壇については、事戒壇建立の時は一尊四士を勧請すべきであるという、願業の事戒壇を認め、昭門日周の叡山踏受を破し、興門の富士戒壇説に対しては、日朗譲状を引いて立像釈迦を中央に安置して、四菩薩を脇士とすべきことを論じている。
しかし曼荼羅に奉向する時が霊山虚空の戒壇を踏受する時であり、信心決定の心地の住処がそのまま戒場にほかならないとして、理戒壇を重視している。