三毒
三毒
さんどく
善根に害毒を与える三つの煩悩のことで、貪・瞋・癡をいい、三不善根とも称する。
貪毒は引取の心、瞋毒は恚忿の心、癡毒は迷闇の心をいう。
『大般涅槃経』には「三毒熾然の火は恆に諸の衆生を焼く」とあり、法華経には「愚癡の闇蔽三毒の火」(譬喩品)と説く。
『大智度論』は「貪欲に二種あり、一には邪貪欲、二には貪欲なり。
瞋恚に二種あり、一には邪瞋恚、二には瞋恚なり。
愚癡に二種あり、一には邪見愚癡、二には愚癡なり。
是の三は度し易し。
三毒の名なしとは、邪三毒の名なきなり」(第三四)と、三毒に正邪の分別を立て、諸仏の土には正三毒があって邪三毒が無いとする。
『摩訶止観』(第六上)は思惑の上の貪・瞋・癡を正三毒、見惑の上の貪・瞋・癡を邪三毒とする。
日蓮聖人は『観心本尊抄』に「瞋るは地獄、貪るは餓鬼、癡かは畜生」と、人界所具の余界を説示される中に、その意味を述べられている。
また、『四恩抄』『四条金吾殿御返事』(弘安二年=一二七九)等には「日蓮は身に戒行なく心に三毒を離れざれども」「心は三毒ふかく、一身凡夫にて候へども」と、法華経受持者としての自己を三毒未断の凡夫と披露し、凡夫でありながら要法弘通においては如来使、不軽菩薩に似るものであると、自己を法華経の中に規定されている。
更に『開目抄』には『維摩経』の二乗不成仏の文を引いて「貪・瞋・癡等の三毒は仏の種となるべし、殺父等の五逆罪は仏種となるべし」と、二乗焦種に対し三毒・五逆は仏の種となると釈されている。
《『遺文辞典』教学篇「三毒」の項、『岩波仏教辞典』「三毒」の項》