如来使
如来使
にょらいし
如来、即ち仏の使い。
仏の使者。
如来から遣(つか)わされた者。
仏の代理として仏の教えを伝え、衆生を導く者。
法華経法師品に「法華経の、乃至一句を説かば、当に知るべし、この人は則ち如来の使にして、如来に遣わされ、如来の事(じ)を行ずるなり」とあり、また「若し能く妙法華経を受持する者あらば、当に知るべし、仏の所使(つかい)として、諸の衆生を愍み念ずるものなり」と説かれている。
即ち法華経を受持し、弘めんとするものは皆如来の使であり、如来に代って、如来の事、衆生救済という如来の願行を実践する人であるというのである。
日蓮聖人はこの「如来使-仏使」の自覚に立ち、困難な伝道活動を法悦をもって実践した。
『下山御消息』に「経文の如く読誦する日蓮をいかれるは、経文をいかれるにあらずや。仏の使をかろしむる也」(定一三二四頁)と断言している。
《『遺文辞典』教学篇「如来使(にょらいのつかい)」の項》