聖人
聖人
せいじん
(一)知識や徳望が最もすぐれ、世の模範と仰がれるような人のこと。
神のように万事に通暁している人。特に儒教では理想の人物として古代の尭・舜・禹・湯・文王・武王・周公・孔子などを挙げていう。
日蓮聖人の場合『立正安国論』に「明王は天地に因って化を成し、聖人は理非を察して世を治む」(定二一四頁)とあって、知徳のすぐれた人という意味で記されている。
また日蓮聖人は、聖人(せいじん)と賢人(けんじん)とを合せて用いられていることがある。
この賢人とは知恵があり行いのすぐれている人を指すが、聖人(せいじん)に次いで徳のある人をいう。
その用例は『聖密房御書』(定八二六頁)、『王舎城事』(定九一五頁)、『四条金吾殿御返事』(定一三〇三頁)等に見られる。
(二)日蓮聖人は仏道修行のすぐれた先師を聖人(せいじん)・賢人と称される場合がある。
その用例は『日妙聖人御書』(定六四六頁)、『事理供養御書』(定一二六二頁)等に見られる。
ことに「帰命と申すは我が命を仏に奉ると申す事なり。我が身には分に随いて妻子・眷属・所領・金銀等をもてる人々もあり、又財なき人々もあり。財あるも財なきも、命と申す財にすぎ候財は候はず。さればいにしえの聖人・賢人と申すは、命を仏にまいらせて仏にはなり候なり」とて、仏法を求めるために捨身供養した雪山童子・薬王菩薩・聖徳太子・天智天皇等が列挙されている。
以上のような聖人(せいじん)の出現の年代であるが『報恩抄』には「外典に云く、聖人は一千年に一出(ひとたびいで)て、賢人は五百年に一出(ひとたびい)づ」(定一二一九頁)とあり、『日女御前御返事』にも「黄河は千年に一度すむといへり。聖人は千年に一度出づる也」(定一五一二頁)と述べられている。
この外典とは『文選』五三、運命論に「夫れ黄河清くして聖人生る」とあり、その註に「黄河千年にして一たび清むときは則ち聖人生る」という説によられたものであろう。
日蓮聖人は、これらの聖人(せいじん)は法華経の力によって国土を守護する人と見なされていた。
『立正安国論』では「善神国を捨て相去り、聖人所を辞して還らず。是を以て魔来り、鬼来り、災起り難起る」(定二一○頁)と述べて、災難の興起を善神捨国と聖人辞所(せいじんじしよ)にあると見なされた。
この場合の聖人(せいじん)とは、善神と同様に国を守る力を持った人という意味がある。
『一昨日御書』にも「然る間、聖人国を捨て善神瞋を成し、七難竝に起こって四海閑(しずか)ならず」(定五〇一頁)とあるのは、この意味で使用されている。
『日蓮聖人遺文全集講義』では、善神と聖人とについて次のように解釈している。
即ち「善神とは幽界護国の神、聖人とは顕界救世の哲人なり」(第四巻三九頁)とあり、また『日蓮聖人御遺文講義』では「これらの善神・聖人は正法を食物としてその勢力を得、それに依って国を護るとされるもので、言はば法華経の生んだ霊的の勢力、又は正法の活現体とも見るべきであろう」(第一巻六七頁)と記されている。
このことからすれば、娑婆世界に姿を現して法華経を弘め、法華経を守護する人が聖人ということになるのであろうか。
『四条金吾許御文』には、仏の滅後二千二百二十余年が間、月氏・漢土・日本・一閻浮提の内に聖人・賢人と生まれる人は「皆釈迦如来の化身」(定一八二三頁)という記述が見られる。
(三)日蓮聖人は「聖人」(しようにん)と「聖人」(せいじん)との違いを明確にされている。
即ち三世を知る人は聖人(しようにん)であり、「外典に云く、未萌をしるを聖人(せいじん)という」(定一〇五三頁)のである。つまり未来を予見できる人が聖人ということである。
『法門可被申様之事』には「又聖人は言をかざらずと申す。又いまだ顕れざる後をしるを聖人と申すか。日蓮は聖人の一分にあたれり」(定四五五頁)と述べて『立正安国論』において他国侵逼、自界叛逆を予言された日蓮聖人は、蒙古の来襲等によって日蓮自身聖人(せいじん)の一分に当るという自覚を持たれ、竜口法難以降二難の的中によって、一層この自覚を鮮明にされて行った。
『三沢鈔』には「聖人(せいじん)は未萌を知ると申して三世の中に未来の事を知るをまことの聖人とは申すなり。而るに日蓮は聖人にあらざれども、日本国の今の代にあたりて此国亡国たるべき事をかねて知りて候しに」(定一四四五頁)と述べられているのは、未来の予見のあったことの表明である。
(四)酒の雅号で清酒(すみざけ)をいう。
この用例は日蓮聖人の場合『昭和定本』の八三五、一八五七、一八九六、一八九八頁等に見られる。
《『遺文辞典』歴史篇「聖人(せいじん)」の項》