聖人之御法門聴聞分集
聖人之御法門聴聞分集
しょうにんのごほうもんちょうもんぶんしゅう
日法が身延で日蓮聖人の講義を記録したものである。
『宗全』「上聖部」に掲載されるが、原本は駿州岡宮光長寺に所蔵されている。
日法は信州の人で円性房和泉阿闇梨と号し、初め日弁に従って出家したが、後、日蓮聖人の直弟となった。
暦応四年(一三四一)九〇歳で没した。
この書は前後が欠けているが、四一項目に亘って論じられている。
日蓮聖人の真蹟である『一代五時図』は身延曽存本(日乾写本存)や新出断片を含めて完断十本が現存しており、おびただしく伝える断簡遺文の分析からさらなる諸本が存したろうことは確実である。
『一代五時図』は日蓮聖人の仏教観を図示したもので、身延での門弟教育はその講述を中心としてなされたと思われる。
本書は聖人のその講述を日法が筆録したものである。
もとより、それは日法が聴聞記として書いたものであるから、日法の領解として理解する必要がある。
本書は四一項目全部問答式で論じられているが、その中二、三を拾ってみれば、まず譬喩品の「我昔仏に従いたてまつりて是の如きを聞き、諸の菩薩の受記作仏を見しかども、而も我等は斯の事に預らず」を引用して、方等般若等の爾前の経で得道できるのではないかと問い、その答えに爾前経は二乗不作仏、菩薩作仏というが、菩薩の誓願は「衆生無辺誓願度」であり二乗が不作仏である限り菩薩の誓願は満足されていない。
従ってこの菩薩の授記作仏は二乗を弾呵するための方便であると論じている。
また序品の「或は菩薩の而も比丘と作って独り閑静に処し楽って経典を誦するを見る。
又菩薩の勇猛精進し深山に入って仏道を思惟するを見る」を取上げて、法華経修行は摂受に従うべきかと問い、これに答えてこの経文は法華経修行の次第を説いたものではない。
後世を願う者はただ「教機時国教法流布の五段の名目を能く能く知る可し」と論じている。
また法華経の第七に「余の深法の中に於て示教利喜すべし」と説いている。
そして法華已前の経を無得道教というのは誤りではないかと問い、その答えに不軽菩薩は有知無知を簡ばず唯法華経を説いて妙覚の仏となっている。
余の深法の中において示教利喜するのは深位の人の事である。
末法の衆生は皆浅位であるから専ら法華経を説くべきであると論じている。
また大経に是の経を持っても戒を毀れば衆生の悪知識という。
法華経を持っても戒を毀れば地獄に堕ちるのではないかと間うて、大経は四教含容の経であるが、その中のどこにあるかと問い、同経には有徳王・覚徳比丘の事について「正法を護持する者は、五戒を受けず、威儀を修せず、まさに刀剣弓箭鉾槊を持すべし」と説いてあると答えている。
また謗法に三種あって謗国・謗家・謗人とする。
貪の謗法は国土に飢渇が起り、瞋の謗法は国土に瞋恚の故に軍起り、癡の謗法は国土に人民愚痴の故に疫病起ると説いてある。
以上のように、本書においては末法における法華経の受容と仏教諸経典の位置づけが中心的な課題となっており、聖人の教えをいかに素直に受けとるかという視点は後世展開した教義理解とは若干ニュアンスを異にするものであろう。
《渡辺宝陽『日蓮宗信行論の研究』》