謗国
謗国
ぼうこく
「ほうこく」ともいう。
謗法の国。
『秋元御書』に「謗国と申すは、謗法の者其国に住すれば其一国皆無間大城になる也」(定一七三五)とあるように、謗法者の住する国をいう。
謗法とは誹謗正法の略称で、不信、憎背等の義がある。
従って謗法とは、本来、個の問題であり、これを個の住する国の単位の中でみる時、謗国の問題が提起される。
『神国王御書』にも「仏法に付きて国も盛へ人の寿も長く、又仏法に付て国もほろび、人の寿も短かかるべしとみへて候」(定八八五頁)と、述べられているように、国土の盛衰は仏法による。
仏法をないがしろにする謗法の国は、善神が捨国し、「他国にやぶられ」(『妙法比丘尼御返事』)るなどの災難が出来し、国民は無間大城をまぬがれることができない。
この実事を知ることが、教を知り、国を知るということで、当然ながら、知者の救済活動が要請される。
このことに直面し、不退転の決意をもって立ちあがられたのが日蓮聖人である。
『開目抄』『報恩抄』等には、「いわずば」仏の諫暁や無間地獄をまぬがれることはできない、「申し出すならば」王難等が出来するという信仰葛藤の描写の中で、聖人の決断を語られている。
《『遺文辞典』教学篇「謗国(ほうこく)」の項》