四一開会
四一開会
しいちかいえ
天台大師智顗が『法華文句』(巻四)に、法華経方便品広開三顕一、長行の五仏章(第一諸仏章)の文を釈して立てた教・行・人・理の開会。
爾前諸経は四法において差別があるが、法華経は一妙法としてこれを開顕したことをいう。
教一とは諸乗を開して一仏乗に会入せしめ、行一とは諸経の諸行(方便の行)を開して一仏乗の一行に会入せしめ、人一とは各々の往果を開して一仏乗の法子に会入せしめ、理一は諸経の理を開して一仏乗の知見に会入せしめることをいう。
即ち教一は教法において唯一仏乗、行一は行法において常為一事、人一は人身において教化菩薩、理一は法界において仏の知見をあかすもので、共に一妙法の開会を四門において論じたものである。
これを本門に配当するならば教一は『観心本尊抄』に教示された四種三段のうち第五重の本法三段(妙法五字)、行一は事行南無妙法蓮華経、人一は因果に分ち、因は本化地涌の大菩薩、果は久遠釈尊、理一は一念三千と解することができよう。
ただし先師に諸説があり、望月歓厚は教を法界三段、行を一念三千、人を因果に分ち、因を十界互具、果を無作本覚、理を仏界縁起としたり、天台・日蓮を対比する上から、教を教相と教法に分ち、教相は第一・第二の教相を天台、第三の教相を日蓮。
教法は迹門の理の実相を天台、本門の事の題目を日蓮。
行は従因至果の観心行を天台、従果向因の信心行を日蓮。
人は因果に分ち、因人は九界具仏界の理仏性を天台、仏界具九界の行仏性を日蓮、果人は有始無終の報身仏を天台、無始無終の本覚仏を日蓮。
理は因人所具の理一念三千を天台、果上顕現の事一念三千を日蓮にそれぞれ配当している(『法華経講話』一二五・一八四頁)。
また教を如来寿量、行を所作仏事、人を多諸子息、理を常住不滅とする説(『本化聖典大辞林』中巻一六八一頁)もあり、天台が釈出した迹門四一開会の文(方便品)に対比して本門の文(寿量品)をあげている。
《『遺文辞典』教学篇「四一開会」の項》