従因至果
従因至果
じゅういんしか
因より果に向うこと。
従因向果ともいう。
衆生の迷いの立場から修行を経て仏陀の妙果に達すること。
天台は従因至果、日蓮聖人は従果向因の立場をとり、そこには修行の根本的態度の相違がある。
これは天台と日蓮聖人の法華経観の相違、即ち本迹二門の教義思想の別とみなせる。
迹門は因人所化の仏性を開顕するのにあるから、すべての法門は因門を立場としている。
つまり迷いの衆生が因行を修して果上の悟りを得るべく向上するのが迹門であり、天台もまた迷いの衆生に本具するかくれた仏性の玉をみがいて仏果を求める修行態度をとる。
その修行態度は観心である。
即ち成仏のために心を観練薫修する。
《『遺文辞典』教学篇「従因至果」の項》