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恩【布教・社教】

おん #2176

恩【布教・社教】

おん

度、中、日本において恩の思想は人倫の徳目として重要である。
殊に日本人の道徳的規範として貫かれ、戦後、変容しつつも今日に及んでいる。
恩の字義は「めぐみ」であり、冬眠していた草木が芽ぐむように、ある者が他に生命を与えたり、その発展を助けることが恩を施すことである。
二宮尊徳が「我が道は徳に報ずるにあり。 なにをか徳に報ずるといふ。 三才の徳に報ずるなり」(『報徳外記』)といったのは、地人の三から広く恩を受けている人(生物)の存在そのものに対する恵みを意味している。 そのように、人は恩の中に生れ生かされているともいうことができる。
これを思う感恩することが人の生活を敬虔にして豊かに温かなものにすることに資するものであると考えられる。
日本の思想史の流れの中で儒史は重大な役割を果し、日本精神史の根幹ともなって、その影響は大きく深いものがあるが恩の思想は、江戸代になってから、強調されたようである。
においては施恩の意味は「仁」あるいは「愛」等の言葉を通して説かれてはいるが、十分な展開を見なかったことは実である。 しかし、日本に至って江戸代、儒は俄かに恩の観念の展開をみた。 それはの影響によるものであるといわれている。
貝原益軒(一六三〇-一七一四)が「父母の恩、きはまりなきこと、地にひとし。 父母なくんば、何(いずく)んぞ我あらん。 その恩、海よりふかく山より高し。 海山は限りあり、父母のめぐみはかぎりなし。 いかんしてか、その恩をむくひんや。 ただを行ひて、その恩の万一を報ずべし」(『大和俗訓』)と述べているが、こういう考え方は戦前の『育勅語』等にも受継がれている。
ここではいわゆる「父母にに」ということで、感恩の生活や考え方が父母に向っている。 この感恩はごく人情の自然であって、恩を感じ思う第一義的な世界である。 この感恩はに続くものであって、子としての在り方は、子が親から恵みを受けたという実によって、この恩を返す(報恩)べきの論と心が必然づけられるものである。 このことは義務づけられることではなく、感恩の至誠から生れる心情的なものということができる。
益軒はなお『初学訓』において「およそ人は恩をしるべし。 恩をしるを以て人とす。 恩をしらざれば鳥獣に同じ。 君に忠し親にするも、君父の恩を報ずる道なり。 此故に恩をしれる人は、必ず親にあり、君に忠あり。 恩をしらざる人は忠なし」と述べて報恩の展開を忠ととに集約している。 この忠は人倫の道であり、感恩の対象と父母から君父(君主)に拡大され、封建的な主従関係の代弁的な反影をみることができる。
わがにおいては、まず封建的主君と臣下との関係という典型的なものを始めとして、封建的領主と農奴・隷農との関係、地主と小作人との関係、商人と番頭・手代・丁稚との関係、先生と生徒との関係、また特殊なものとしては芸者とその抱主との関係等々。 そうして親と子との関係も、施恩者と受恩者との形式によって貫かれていたのである。 こういう主従のタテの関係の系譜は「すべての民は個人として尊重される」とする現代憲法第一三条の規定からは全く別世界である。
教は、その宗旨のいかんを問わず、一種の報恩教と見られるほど、感恩報謝の精神が豊かに説かれ、知恩・報恩は人間の歩むべき道であり、それが即ち仏道であることが強調されている。 恩について説く経典のうち『大乗本生心地観経』は代表的である。 「心地観経」には父母の恩、衆生の恩、国王の恩、三宝の恩の四恩を述べている。 父母の恩については言うまでもないが、衆生の恩とは、社会関係の中の人相互の依存に対する感恩であろう。 人は社会関係の中で、様々な恩恵を受けて生きているのである。
勿論「人は人にたいして神」である反面「人は人にたいして狼」でもある。 しかし人は人が営む歴史と文化の中に、その生の安泰を守られている実は疑うわけにはいかない。 地自然と共に人関係の中の生きる守りに感謝することは生きる感激でもある。 この衆生の恩は主従的な縦の倫ではなく、横の倫である。 このことは儒的な恩と違って広域な世界である。 これはまた教における人間礼拝の教えに連なるものであって、封建から脱却した人本来の感恩である。
王の恩とは主従、君臣的な忠孝の倫理のようにも受けとれるが、その傾向は経典が生れ編纂された時代の反映であって、今日的に考えれば、家の平和維持の力に対する感謝あるいは社会関係の安泰がその座を占める土に対する宗教的な解に通ずるものであろう。
三宝の恩は仏者の忘るべからざる仏法の恩恵である。 「今生の恩愛をば皆すてて仏法の実(まこと)の道に入る是れ実に恩を知れる人なり」(『聖愚問答鈔』定三九七頁)と、また「釈尊は我等が父母なり。 一代の聖教は父母の子を教えたる教経なるべし」(『法門可被申様之事』定四四三頁)と日蓮聖人は述べている。 要は一切衆生を救うという仏の誓願に対する恩徳を思い、感謝すべきであるということに帰するのである。 父母の恩を説く経典として『父母恩重経』が有名である。 この経典については種々異説があるが、その内容は殊さら異論をはさむところはないであろう。 「人この世に生まるるは宿を因として、父母を縁とせり。 父にあらざれは生れず、母にあらざれば育(そだ)たず。 ここを以て気を父の胤にうけ形を母の胎に托す」と述べ、人因縁所生から始まり、母の慈悲の生態を克明に叙述して、胸を打つものがある。
日蓮聖人報恩観は「畜生すら恩を報ず、仏を信ずる者、知恩報恩なかるべしや」(『開目抄』定五六一頁)「と申すは高なり。 高けれどもよりも高からず。 又とは厚なり。 地あつけれどもよりは厚からず。 聖賢の二類はよりいでたり。 いかにいわんや仏法を学せん人、知恩報恩なかるべしや」(『開目抄』定五四四頁)(『不知恩の畜生』定五六一頁)とも述べ、人間の本質的な在り方として、知恩報恩を強調している。
また「法華経」を「四恩を報ずる経」として「法華経を持つ人は父と母との恩と報ずるなり。 我心には報ずると思はねども、此経の力にて報ずるなり」とひと筋に信ずる生き方の中にの道のあることを強調している。
近代、殊に第二次世界大戦後の激しい変革を経て、恩の感受は埋没されたかの感が深い。 親子関係においては断絶の声があり、職関係においては労資対等の契約となり、実感としての恩の情は薄らいでいる。
近代社会において要求されている独立人格者の規範は、すべての人が「個人として尊重される」ことに基底がおかれている。 人としての価値は親も子も平等であり、親に扶養されている幼児も児童福祉法の下においては平等人として尊重されなければならない。
雇用関係にあっても、権力による支配服従の柄ではなく、労働基準法による契約であって、主体的な人相互の「権利」「義務」のカテゴリーの中に、労働条件と完全雇用の権利が確保されるようになった。
市民生活の中にあっては、長の主君的な権力や圧力や権威は殆ど存在せず、むしろ族員は大体において平等相対となっている。
こうした人関係の構造の中においては、殊更に恩を説ききかせる必要もなく、恩を返すという意識よりは、むしろ血縁や愛情を中心とした親子の関係を意識しているようである。
生活条件の中に主従関係はなく、親子関係は、本能的な血族の愛情-肉親-に支えられていることは、強いられた恩恵からの解放であり、むしろ人的な真実が人関係を支えることになるであろう。
恩は外では、日本人ほど明確な社会連帯を支えるものとは意識されていないようである。 「神の恩寵」などと和訳されているが、日本人の恩とはニュアンスが違う。
はその現実生活の中で社会関係、生物的関係の恵みに取り囲まれているが、それを知り感ずる者でなくては「恩」として把握できない。
中世的な主従の中に貫いている情念は「恩顧」への犠牲的献身であり、命を捨てることでもあった。
知恩報恩の道は、恩を返すという貸借関係ではなく、知恩の社会的展開としての「菩薩行」に通ずるものである。
日蓮聖人立正安国論は、報恩精神の社会的展開であり歴史への提言であった。
(三田村龍全)

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