宗学
宗学
しゅうがく
一般に一宗の教義を研究する学問を称して「宗学」とよび、なお教義研究のためには一宗の歴史研究が不可欠であるところから、広くはそれを含めて「宗学」という。
日蓮宗では、聖人の教えを宗義として尊重し、宗義の研究を日蓮宗学、日蓮教学と称している。
(一)宗学という用語はおそらく近代に入って仏教学研究が盛んになったため、それに対応するかたちで出来上ったものであろう。
大正末期ないし昭和初期に宗学という用語が頻繁に用いられる以前は「余乗」(よじよう)に対して「宗乗」(しゆうじよう)と称していたもののようである。
江戸時代の宗義書などでは、台家(天台家)の義に対置して、当家(日蓮宗)の義、または当家の宗義などと称し、更に遡れば室町時代には日蓮聖人の宗旨ないし御遺文を御義といい「宗義に約する」という表現も見られる(行学日朝『法華草案鈔』、円明日澄『法華啓運鈔』)。
(二)近世日蓮教学の大成者、優陀那(うだな)日輝(一八〇〇-五九)はその著において「宗学」「実の宗学」を唱えている。
日輝は言う。
「昔は素直に仏教が信じられたが、今は文華の風が盛んとなり、儒教や国学が興起し、子女が詩文を習う時代となった。
王公紳臣が仏教を信ぜず、知識人が僧徒を軽賤する時代である」と(「四句格言辨」『充洽園全集』第四編三一七頁)。
世は科学知識をもって実学とし、儒家は経世済民の実学論を唱えている。
この時にあって仏教の安心証道が虚論・虚道でなく、実論・実道である実の宗学を樹立せねばならないと、日輝は主張した。
そして天台の学を習うことが宗学の先務であるというのが、宗門今日の当病であって、一致派・勝劣派を問わず、その学校が天台学研究一辺倒になっているため、初学の者はもちろんのこと、成学の者も実道を知らないのだと批判している(「学仏具眼鈔」前同書第四編三六〇頁)。
このように日輝は日蓮宗の観心証道の法門を明確にし、社会思潮に位置づける論理性と学問の必要を痛感し、そこに「宗学」「実の宗学」を要請したといえる。
(三)宗学の概念規定をするためには「宗」と「学」とのそれぞれの定義と、両者の関係が前提となる。
前者についての一般的研究としては、真野正順『仏教における宗観念の成立』等があるが、同書では「宗派はすべて仏教に対する一つの特殊なる見地である限り、必ず自宗をも含めたる宗派一般の意識形態をその主張の底部に横たえており、それの性格によって信念の主張―教義が構成されるのである。
各宗派の宗派意識は、いわば各宗宗学構成の基盤をなすと言う事ができる」(二〇頁)としている。
学についての定義もさまざまであり、確かに現在一つの傾向ができているというものの、いかなる学問もそうであると同様に、いやそれ以上に宗学の概念とその方法は永遠のアポリアともいうことができよう。
(四)浅井要麟(一八八三-一九四二)は宗学を根本宗学・歴史宗学・現代宗学の三部門に分けた。
根本宗学とは法華経・日蓮聖人遺文に関わる研究であり、殊に後者についての研究に際して文献学的研究を行う祖書学を興隆した。
歴史宗学とは日蓮聖人の教義を継承した先師の宗学に関する分野で、口伝・訓詁・問題・組織・退嬰・論争・体験・法華神道・史伝等の傾向を挙げている。
現代宗学とは現代社会に生活の指導原理を与える規範学と規定している。
要するに浅井要麟は宗学研究の分野を対象とする時代によって区分したということができよう。
(五)望月歓厚(一八八一-一九六七)は『日蓮宗学説史』においては、教学を宗学体系化の前提となる教義研究と規定しており、江戸後期の大石寺日寛(富士門流)・忍定日憲(日隆門流)・永昌日受(日什門流)らの教学を宗学的意識の上に成立せる本化的教学と位置づけ、一妙日導を本宗教学の確立者と見、近世宗学の成立は優陀那日輝によって初めて成立したとする。
ところで第二次世界大戦後の宗学論の展開のなかで「宗学各論」(『大崎学報』一二三号)を著し、宗学を規定して「自己に感得射照された仏祖の真精神を対象として、時代に立脚した自己の信仰的体験の方法によって、宗教価値の世界を作り出す方法と規範とを学ぶ学である」としている。
そこで、(1)宗学はキリスト教神学に対し、自らの宗教体験の反省批判と、同時に客観性・論理性の確立が要求されるとし、またそれは各宗派の学道の方法等は異なっていても、宗教的性格を超えた仏教の根源的同一に、凡てが帰一する包摂超越的の意義をもつものであることが要請されるとする。
(2)宗学の方法を類型化し、護教的態度・祖述的態度・復古的態度・組織的態度・批判的態度等の欠点を指摘し、宗学存立の根本条件は信仰を有する者のみ可能であり「宗学は、自己が自己を宗学することで、創造の辞以外にはこれを表現することはできない」として信仰者としての創造宗学に立った上で、前記の諸方法が駆使される必要を述べている。
それはまた同時に現代的科学的なるものを裏づけとする人において体験されたものと考えられている。
一時、創造宗学についての論がたたかわされたことがあるが、望月歓厚は「案外、根本宗学を求めて、最新宗学の結果が招来されるかも知れず」、それが望ましいとも述べている点に注意する必要がある。
要するに望月歓厚は、宗学史研究の結論として、近世末に初めて宗義の体系化が行われたとし、宗学とは体系化の検討であるとし、また今日における宗学研究とは、日蓮聖人の教義の追究による仏教の統一的把握と現代にそれを受けとめることとの交差点において行わるべきものと規定したといえよう。
(六)これに対し、室住一妙は純粋宗学を唱えて、釈尊より日蓮聖人が相承された純粋世界を追求することを標榜し、それがわれわれの信仰と生活、つまり日蓮教団を律し、人類世界へ拡大して行く理念であるとし、その理念そのものが体系であると捉える。
(七)茂田井教亨は、(1)宗学における個的立場と種的立場、(2)宗学の客観性を論じている。
即ち「一宗の宗学は、教祖に対する同信・共感・共鳴を基調として同一系譜にあると自覚する者の、自己理解の表現的世界である。
(略)つまり個としての宗教経験が典型となって、類型化されていく系譜のなかに形成されるもので、一つの特殊といわれるものであろう」と述べ、(1)には日蓮宗学は個的なものが種的な働き(能動性)をもつことを述べ、(2)には「宗学に於ける論理性は、決して形式論理や対象論理、また同一論理的なのではなく、信仰の論に外ならない」が、同時にそれは隣接科学の研究を否定するものではなく、それらを貴重な一資料として聖人の信仰的・主体的解釈とその行為を図るとしている。
つまり茂田井教亨は、宗学は信仰の学であるが、「宗」の面を追求して、それは個の内面にとどまるのでなく、教団を念頭においた種的なものなのであるという特殊性を明らかにすると共に、「学」の面においては隣接の学問を認めつつ、宗学の独自性・客観性の存在を確認するのである。
《渡辺宝陽「宗学論」『日蓮宗現代宗教研究所紀要』三号、望月歓厚『日蓮宗学説史』、浅井要麟『日蓮聖人教学の研究』、渡辺宝陽『日蓮宗信行論の研究』》
(渡辺宝陽)