紫朱論
紫朱論
ししゅろん
一巻。
浄土宗・白蓮社天誉、字は孤立、大我(一七〇七-八二)著。
別名「破二癡連義」、略称「破二癡」とよぶ。
宝暦一三年(一七六三)六月著。
本書は了義日達(一六七四-一七四七)の、権教の法体無間・法体謗法・法体折伏を主張する『愍諭繋珠録』七巻(正徳二年=一七一二刊)を反駁して出版された。
またこの『紫朱論』に反駁したのが、正善日長(一七二六-一八〇九)の『正善論』二巻(明和二年=一七六五刊)である。
大我は二三歳のおり感ずる所あって真言より浄土宗に改衣し、鎌倉光明寺の称誉真察の会下に参じ、常に弥誉の坐右に侍すること一〇余年。
かたわら南北の学匠と交わりを結び、法華・華厳・戒律・禅等を参究する一方、儒学・国学・武技・諸礼等をも究めたようである。
ことにこの間と推察される時期に身延に登詣し「某の聖人を師とし」日蓮宗教学を学び『唱題成仏論』を草したといわれている。
大我の著書には日本思想闘諍史の一角を占め『鼎足論』四巻を代表に、四〇有余を数えることができる。
このうち日蓮宗批判書は、本『紫朱論』と『獅蟲論』『曇華論』の三巻がある。
とりわけて『紫朱論』が有名である。
本書は従来の権実論よりも、むしろ布教実践面に対する批判が主で、その内容は、(一)権実論に対する批判。
(二)宗旨の本義に対する批判。
(三)布教乃至信仰実義に対する批判、等に大別することができる。
以下その順にそって概要を述べると、
(一)二癡(日蓮聖人をさす)は天台の趣意を盗み、狐を使って人々を誑惑し、「四十余年未顕真実」の文を信じては四箇格言と称し他宗を批判しているが、何故に七面天女、鬼子母神、狐、狸まで敬うのか。
ましてや剃髪染衣、造仏営寺、引導下炬、祈祷咒願等の全てが爾前の諸行であるにもかかわらず、爾前を信じない二癡が何故に爾前の諸行をするのか、これは二癡が権実に戯むれているがためである。
(二)曼陀羅には大曼陀羅、法曼陀羅、三摩耶曼陀羅の三種類あるが、二癡の書いた曼陀羅は以上の曼陀羅のいずれにも属さず、雑乱はなはだしく本尊とはいえない。
また蓮の字には仏蓮、鬼蓮の二種類があり、二癡の髭題目は鬼蓮である。
従って二癡の徒に禍が多いのもこの故である。
(三)二癡の徒は高座に瞞肝して頭を掉り、肩を張り机を叩き咳を高くして、吾が日蓮大菩薩は云云と誉称し、無難無病安産安隠長寿富楽を得ると説いている。
しかし二癡の伝記をみれば災難だらけで、その徒は貧困の者が多く、白癩、赤癩にかかり、寺には童男童女の墓ばかりが多い。
どこに利益の証しがあるのか。
また数珠、木剱を握り、婦人の手を振らしてその手に狐の術を使っている。
この様な諸行は本山の厳命をもって制止すべきである。
かくの如き二癡の徒の教えを信ずれば無間地獄に堕ちるであろう、という批判内容である。
こうした日蓮宗批判の内容は、当時、権実論、本迹論の参究に終始していた本宗の学僧を当惑させ、「宗旨の本義を以て、浄土教学に対応することは十分ではなかった」(執行海秀『日蓮宗教学史』二九六頁)感がある。
しかしこのような批判論争は、いはば聖人以来における法華唱題思想と浄土念佛思想の宿命の対決思想でもあった。
一方、本書における一部の内容は日蓮宗批判という立場の上においては重要な位置を示すのである。
それは真宗の僧によって偽作されたと解明される
『日蓮深密伝』(写本二冊によれば『大聖日蓮深秘伝』と命題されている)の偽作年代を推定することができるからである。
《『国史大辞典』八巻「大我」の項》