愍諭繋珠録
愍諭繋珠録
みんゆけいじゅろく
七巻。
了義院日達(一六七四-一七四七)が正徳二年(一七一二)に著したもの。
日蓮聖人滅後の教学史では、室町時代には主に天台宗と本宗との論争が中心となっていたが、室町時代の後半より江戸時代に至ると、浄土宗、浄土真宗と本宗との宗論が繰広げられた。
その主なものとして浄土宗の乗誉・松誉・了海、浄土真宗の性均らが本宗の了義日達・蓮華日題らと論争を交えたのである。
本書は浄土宗の了海(-一七〇四-一〇-)の『摧碾再難條目鈔(ざいてんさいなんじようもくしよう)』(宝永八年=一七一一=三月刊行)二巻に対し、日達が論破したもので、正徳二年に刊行されている。
本書述作の由来について「序」には次のような記述がある。
一人の客が新書を私のもとに持参し次のように語った。
洛北の紫竹村において日蓮聖人の教義を破し、浄土宗の義を顕揚する者があった。
この僧は不幸にも公場において難詰され、ついに雌伏してしまった。
しかし、その怒りが静まらず、ついに『摧碾再難鈔』を記して我宗を難じたという。
日達はこの書を評して「真迢が涕唾を甜し、空く古人の糟粃を餐るの贋書なり」と述べている。
そして真迢の説に対しては、先哲が『諫迷論』や『中正論』等によって反論を既になしているので、あえて筆を執って『摧碾再難鈔』に応酬することはないが、邪義が都鄙に喧伝せられていることから、彼の曲情を翻すために『愍諭繋珠録』を著したというのである。
それは、題号が示すとおり「迷徒を愍諭し、現今邪見の幢を倒して、将来繋珠之縁を為す」(序文)ことであった。
さて本書の構成であるが、まず『摧碾再難鈔』の文を掲げて、次いで細かに反論を加えているのである。
それは『阿弥陀仏根本神咒経』の真偽問題、あるいは浄土三部経と法華経の権実勝劣、難行易行の問題、末代相応の法門の問題、教主論等が論じられ、日達の明敏さと、論理性をうかがうことができるのである。
本書は『教全』一九・二〇巻に収録されている。