正善論
正善論
しょうぜんろん
二巻。
正善院日長(一七二六-一八〇九)著。
明和三年(一七六六)刊。
日長は字を恵秀といい、池上正善庵に住した学僧である。
本書著述の意図は「序」に「近曽(このころ)土僧に大我と云う者有り、書を編して其れを紫朱論と論し、以て公界に流(つた)ふ。
即ち其の流弊なり。
故に其の𧪄(き)する所を矚(み)れば、全篇都て是れ邪にして正を寂し、悪をして善を毒(やぶ)り、擅(ほしいまま)に偽謀を作して世人を欺誑し、横に僻難を構て吾が祖を嫉謗(しつぼう)」と記されている。
即ち浄土宗の学僧である孤立大我(一七〇九-八二)は日蓮宗の教学を批判して『紫朱論』一巻を著した。
そして、この書の邪義が世に流布し、日蓮聖人の教義を枉げているために、日長は『正善論』二巻を著したというのである。
大我の『紫朱論』は別名『破二癡連義』とも称し、宝暦一三年(一七六三)に刊行された。
これに対し日長は二年後の明和二年一〇月に本書を著し、翌年に刊行されている。
さて本書の題号は、同じく「序」に「彼の邪悪に対しての此の正善を論ず。
則ち書成て二巻、因って正善論と題す」と記されて、浄土宗の邪悪に対する本宗の正善を論述するという意である。
本書は『紫朱論』の題号に対する論難に始まり『紫朱論』の文を挙て全文に論破を加えている。
その要旨は上巻に目録として五〇ヵ条が列挙され、下巻には同じく目録として六〇ヵ条が記されている。
その一例として「邪僧己が宗風を悪むの具を以て今の書題を作す鈍賊の事」、「邪僧漫りに吾が祖を悪罵するは宛かも持品の大士遠鑒に符する事」、「吾が祖の号は吉徳を顕わし、法然に凶徳の号有る事」等である。
なお本書は『教全』二三巻に収まっている。