畜類供養
畜類供養
ちくるいくよう
法華経の功力をもって、畜類の供養、成仏を祈念する。
『祈祷鈔』に「龍畜下賤の身たるに、女人とだに生れ、年さへいまだたけず、わづかに八歳なりき(略)仏になりたりし事はありがたき事也。一代超過の法華経の御力にあらずばいかでかかくは候べき」(定六七三-四頁)と畜類である竜女の成仏が示されている。
『首楞厳経』(しゆりようごんぎよう)には、一〇種の鬼魅を説く中の一つに、魅鬼という狐狸等の精で人を魅惑するものをあげ、宿世に詐偽を行うこと多く、人を惑乱した者が、この報を受けるという。
次に蠱毒(こどく)鬼というのは、蛇やまむしが、人を蠱害(毒)するように、毒物に仮託して毒害する。
宿世に怨が固く結ばれて、それを捨てない者がこの報を受けると。
『五方龍王摂疫毒神咒上品経』には、「仏在世の時天竺維耶離国に疫癘が流行して、悶え苦しみ空を掻いて死ぬ者が甚だ多いので、仏が阿難に言われた。この疫災は、この国の人民は、慈悲心なく、好んで殺生をした。故に牛羊猪鹿鶏鶩等の中に智覚あるものは、殺されるときに誓願して、願くは没後悪鬼となり、我を害した者を悉く悩殺せんと、故に今日の疫災は、彼の非命に死んだ有智の禽獣の怨報である。故に力に随って法を修し、それをして三宝に帰依せしめ、慈悲心を起さしめよ」と説かれている。
この教えに随って我々は、鳥獣解脱の秘法を修し、有智の禽獣の怒りを解き、速やかに善界に転生せしめ、また億兆の現在の禽獣の定命を全うせしめるべきである。
人が貪欲瞋恚愚痴によって悪業を起し、衆生を悩害し、穢物を人に与え、邪婬を行じ、負債を償還せず、殺生を好み、聖経を聴受せず、人の斉会を妨げる等の行為は、皆畜生に堕する因縁となる。
『梵網菩薩戒経』に、常に大悲心を起して、牛馬猪羊等の一切の畜生に対して、心に念じ、口に「汝は是れ畜生なり、菩提心を発すべしと唱うべし」とある。
青丘の釈には、下劣の有情は、領解なくとも、誦経の声毛孔より入て遠く菩提の因縁となるという。
「汝是畜生発菩提心」の「汝是」を「如是」と書くのは誤りである。
また放生といって、功徳を積むために生物を放つ法会が行われるが、これも畜類供養の具体的法式で現今も多く行われている。
『放生光明経』に、流水長者、魚を救い、十千天子の徳に報うるを述ぶ此縁起也とある。
放生会は、釈尊が比丘達をして、日常灑嚢に罹った生類を放生器に容れ、後にその生物を泉池河水に放たしめられた。その時はまだ放生会といわなかったが、天台大師が天台山の海曲を制して施生池とし、海上の漁夫に魚介を放たしめ、三帰戒を授け、大法を説き、法縁を結ばしめたのが放生会の始まりである。
『乾淳仏時記』に、「四月八日は仏の誕生日となし諸寺各々浴仏会有り、是の日西湖に放生会を作し、小船、亀魚螺蚌(ラホウ)(にな・はまぐり)を競売し、放生せしめる」とある。
日本では、敏達天皇七年六斎日に殺生を禁じ、天武天皇五年(六七六)放生会を修する詔があり、元正天皇養老四年(七二〇)三月大隅日向の隼人が反し、朝廷は大伴旅人を征隼人大将軍として宇佐八幡宮に祈って鎮定した時、託宣により、九月始め同宮に於て、放生会を修せしめた。
天延二年(九七四)八月一五日に石清水八幡宮に於て放生会を修し、これを石清水放生会の起源とする。
東大寺八幡宮、鶴岡八幡宮等も毎年陰歴八月一五日に行うを例とした。
三節放生とは、歳末、夏安居の竟、父母の忌辰に放生することをいう。
後代には、既に捕獲されて殺されるべき運命の魚鳥蛇等を、特設あるいは普通の池沼河海山野等に放って、その生を完うせしめる仏事となった。
以上、放生会は、『梵網経』、『金光明経』に基づき、殺生食肉を誡める法会として行われているが、優陀那日輝の制する放生慈済会は、大曼荼羅を本尊とし、本師釈迦仏、過去宝勝仏、十方法界常住仏、本化諸菩薩、宗祖日蓮大菩薩を勧請し、この法会に於ては、特に放生の因縁を観ぜねばならぬとして、一〇ヵ条に亘って運想し、妙法の功力をもって畜生界成仏の利益を顕し、十界皆成の功徳を顕現するのであるとせられた。
《『遺文辞典』歴史篇「畜生」「畜生界」「畜生道」「畜類」「龍女」の項》