教機時国鈔(二九)
教機時国鈔(二九)
きょうきじこくしょう
日蓮聖人撰。
一篇。
弘長二年(一二六二)二月一〇日、伊豆配流中の撰述。
本鈔の真筆は伝わらないが、既に古くは『日祐目録』にも記載されており、真偽についての問題はない。
また本鈔はその内容から『五義鈔』(日朝目録)『五段鈔』(御書鈔)とも呼ばれている。
本鈔は巻頭の題号の下に「本朝沙門日蓮註之」の署名が記されており、これは本鈔が特定の対告に宛てたものではなく、聖人の内証の法門を開示した著述であることが知られる。
またこの署名は聖人の法華経の行者の自覚の一分を表現したものであり、しかもそれが現存する聖人遺文中の最初のものである点に、本鈔の重要さが存するのである。
本鈔において聖人が開示された内証の法門とは、法華経色読という宗教体験を経て初めて発表された聖人独自の教判である五義判(五綱判ともいう)である。
五義とは教・機・時・国・教法流布の前後(序)=(師)をいい、この五の範疇から何故に一代仏教中から妙法蓮華経の五字を選び出して、末法日本国の衆生救済の要法とするかの理由を説き明かすのである。
この五義判は本鈔を最初とし、以後『顕謗法鈔』(弘長二年)、『南条兵衛七郎殿御書』(文永元年=一二六四)と連続的に説示され、『観心本尊抄』を経て、文永一二年の『曽谷入道殿許御書』において五義の実義が広説されるのである。
五義の中の一または二について特に論述されたものは、例えば「時」と「師」を明かされた『撰時抄』のように随所に散見するのである。
本鈔は全体を三段に分けて見ることが出来る。
第一段(定二四一-三頁九行目迄)では、仏法を弘通する者は教・機・時・国・教法流布の先後(序)を弁えねばならないとする。
「教」とは釈尊一代五〇年の説法における諸経をいい、この多くの経典の中から大小・権実・本迹と次第に優劣浅深を判じて本門の法華経を選び取ることをいう。
「機」とは、この教を受ける衆生の機根をいい、機に利鈍・順逆・善悪等の差があるが、末法の機は一同に謗法の者・下種の機と考えるのである。
「時」とは、教に導かれる時、正法を語るべき時であって、仏滅後の時代を考察して、末法の今こそ法華経を説き弘むべき時であるとする。
「国」とは教を弘め、機によって教の持たれる国土をいい、日本国こそが法華経の流布すべき国、純粋法華信仰の建てられるべき国とするのである。
「序」とは仏滅後の仏教流布の歴史を考察して、本門法華経の流布と救済を決定するのである。
この「序」は佐渡配流を経て『本尊抄』以降は「師」に転換するのである。
第二段(定二四三頁一〇行目-二四五頁六行目迄)は、正しく五義の正意を論述し、その目的を示されたもので、五義により選ばれた教は法華経であることを顕されるのである。
第三段(定二四五頁六行目以下)は、本鈔の流通分と見るべきで「日蓮仏語の実否を勘ふるに、三類の敵人之有り。
之を隠さば法華経の行者に非ず、之を顕さば身命定めて喪はんか」と法華経の行者の使命を説き、五義による法華経弘通の師の死身弘法の覚悟を勧奨されている。
本鈔における五義の目的は、法華経と爾前諸経との相異を判ずる権実判の域にあり、佐渡配流以後『本尊抄』を中心とする諸遺文との間には異なりが見られる。
《『遺文辞典』歴史篇「教機時国鈔」の項、『日蓮辞典』「教機時国抄」の項》