唱法華題目鈔(二三)
唱法華題目鈔(二三)
しょうほっけだいもくしょう
日蓮聖人著。
『南条兵衛七郎殿御書』の御真蹟二紙の行間に日興抄写あり(定一九四頁二行目「末代の愚人の」から一九五頁四行目「弥増地獄苦」までと、二〇四頁一二行目「答云、方便」から二〇六頁一行目「加るが如し」まで)、書末に「文応元年太歳庚申五月二十八日 於鎌倉名越書畢」とあり、同年七月一六日に上奏された『立正安国論』の稿了は五月二六日(小湊誕生寺所蔵日祐筆目録)とされるから、本書は殆ど同時の製作であり、姉妹編と見ることができる。
即ち『立正安国論』は破邪の面を述べたに対して、本書は顕正の面を主として受持つ。
宛名は『高祖年譜』は南条兵衛七郎あてといい、『本化別頭仏祖統紀』は比企大学三郎あてというが、本書は著作であって書簡ではないから、特定の宛名を設けることはかえって不自然である。
著書であるとすれば、本書の題号は聖人の御自題と思われる。
略称「唱題鈔」。
本書は唱題の功徳を示すのが著述の目的である。
内容は一五番の問答からなり、問者は法然念仏の信者で、法華唱題の行について難詰するに対して、最初の五番の問答で念仏は謗法堕獄の業であると説いて、問者を随順せしめ、次いで第六番(定一九六頁三行目)から第九番までは法華は真実にして爾前の観無量寿経は方便権教であるという教判の教示、第一○番では法華修行の様式、第一一番では法華唱題の功徳を説いて、法華入信を勧め、第一二番(定二〇三頁一三行目)からは末法における法華弘通の方法は摂受か折伏か、また弘通の人師の邪正の判断が示されるという構成である。
清澄の開宗を去ること僅か七年、佐渡以前でも早期の述作であるから、その教示は本懐を吐露された佐渡以後とは大分の隔りがある。
例えば第二番問答に但信無解の唱題の功徳を説いて「法華経を信じ侍るは、させる解なけれども三悪道には墮つべからず候。
六道を出る事は一分のさとりなからん人は有り難く侍るか」(定一八八頁)という。
これは天台宗の一念三千の理観を主とするから、修行に智解が要求されることになり、但信無解の唱題の功徳が低くとられることになる。
また第一〇番問答に「愚者多き世となれば一念三千の観を先とせず。
其志あらん人は必ず習学して之を観ずべし」(定二〇二頁)とあるのも同趣で、愚者には唱題、智者には一念三千の観解が勧められる。
『報恩抄』の「有智無智をきらはず、一同に他事をすてて南無妙法蓮華経と唱べし」(定一二四八頁)等の文と比べて相違歴然たるものがある。
次に第一○番問答に本尊について「第一に本尊は法華経八巻・一巻一品・或は題目を書て本尊と定むべし」(定二〇二頁)という。
法華経八巻、あるいは略して一巻一品と並列して題目を挙げ、必ずしも題目本尊ではない。
法華経一〇巻を本尊とするのは法華三昧で、これに附順した説である。
引続いて本尊の脇士について「又たへたらんは十方の諸仏・普賢菩薩等をもつくりかきたてまつるべし」という。
佐渡以後の脇士は本化の四菩薩であるが、今は迹化の普賢菩薩等であるという。
《『遺文辞典』歴史篇「唱法華題目鈔」の項、『日蓮辞典』「唱法華題目鈔」の項》