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題目【文学】

だいもく #5234

題目【文学】

だいもく

『法華経』にはこの経が「難信難解」であるということが繰返し述べられている。
ところが日蓮聖人は「釈尊の因行果徳の二法は妙法蓮華経の五字に具足す。我等此の五字を受持すれば、自然に彼の因果の功徳を譲り与えたまふ」(『観心本尊鈔』定七一一頁)として、『法華経』の難信難解もすべて五字の題目の中に収められてしまっているとする。
つまり「一念三千を知らざるものには、仏、大慈悲を起して、五字のうちに、この珠をつつみ、末代幼稚の頸にかけさしめたまふ」(前掲書定七二〇頁)というのである。
そこで「人ごとに有智無智をきらわず、一同に他事をすてて南無妙法蓮華経と唱うべし」(『報恩抄』定一二四八頁)と教えるのだが、この専修題目ともいうべき方式は、「ただ一念ありがたしとおもひて、題目を唱ふるばかりにて、やすく仏になる事は、易行の中の易行、これにましたる御法はあらじ」(仮名草子『妙正物語』)と受けとめられ、「念仏宗は難行道、法華宗は他力易行」(前掲書)とまで言われるほどに易行が強調されて、中世後期以降の文学が主な場とする庶民社会に双手をあげて迎えられた。
従って日蓮門流の人物が登場する作品は、ほとんどの場合題目(首題・五字・七字などともいう)を唱える場面をもつ。
題目の功徳としては『重井筒』(近松門左衛門・浄瑠璃)のお房・徳兵衛が題目を唱えながら心中してゆくように後世安楽が期待されるばかりでなく『浮世風呂』(式亭三馬・浮世草子)の中風病みの男が、題目を百日の日課としたので治ってきたようだと言い、あるいは『浮世親仁形気』(江島其磧・浮世草子)の「法華宗に改宗して、万事を捨てて首題を唱へなば、たちまち空より七字の題目の極印の打った新小判が、千両でも一万両でも、望みしだいに降って来る事じゃ」という言葉で知られるように、健康・財産その他の現世利益をももたらすものとされた。
そこで「疱瘡した時、日朝様へ願かけ、代々の念仏捨て、百日法華(=百日間に限って日蓮宗の信仰を持つ)に成る」(近松門左衛門『女殺油地獄』)者まで出たのである。
日蓮門徒が題目を日常的に口癖のように唱えていた様子は「一天四海皆帰妙法、南無高祖日蓮大菩薩、南無妙法蓮華経 南無妙法蓮華経」と言いながら入浴する男のいる浴場風景(『浮世風呂』)や「毎日千遍ずつ、五年唱へた題目の功徳」を喜ぶ遊女(『重井筒』)の姿に具体的に見ることができる。
題目を唱えることを主とした信者の集会、題目もしばしば文学作品に描かれている。
信者の講中言合して、毎夜十人、十五人、二組三組別れつつ、催寄々々の邑村を、勧化にあるく一群」は小湊誕生寺に経堂を建立しようとする人々であったが、彼等の一団が去ってゆくところに「さても題目講中の、声もはるかに遠ざかる。野道かすかに木精して、南無妙法蓮華経 南無妙法蓮華経 南無妙法蓮華経 ドヨドンドヨドンドヨドン」と記されている(人情本『春告鳥』)。
この擬音は太鼓(この場合は団扇太鼓)である。
太鼓は特に「題目太鼓」といわれ、日蓮宗の聴覚的表現としてよく用いられた。
歌舞伎『お染久松色読販』(鶴屋南北)の序幕、柳島妙見堂境内の段などは幕明きから題目太鼓をひびかせ、劇中にも折々それを配して場面を盛り上げ、かつ進行にはずみをつけるようにしている。
鳴物には(りん)も用いられた。
それは音楽的な調子で詠ずる歌題目の場合で、浄瑠璃『鎌倉三代記』に、吃りの男が「そちの宗旨の有難がる歌題目の節付で、委細の事言ったがよいと、鈴と鈴棒手に渡」されると、すらすらと発言しだす場面があり、鈴うち鳴らしての歌題目が一般に馴染まれていた様子が分かる。
音楽的な題目は振りをともなって踊題目となる。
狂言『宗論』の法華僧と浄土僧とは、それぞれ自己主張のために踊題目と踊念仏をして狂いまわっているうちに、互いに唱え言葉をとりちがえて大笑いのうちに仲直りするが、ここには歌題目や踊題目の持つ陶酔もかいま見られる。
《『日蓮辞典』『新版教学辞典』『岩波辞典』「題目」の項》

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