歌題目
歌題目
うただいもく
法要や説法の前後に題目を唄いかつ踊る風習をいう。
特に踊る風習を称して題目踊りともいう。
『龍華年譜』上巻には、徳治元年(一三〇六)日像が京都洛北松ケ崎歓喜寺(後の妙泉寺)の住僧実眼及びその村民を教化した時の様子を示して「七月十四日より十六日に師吼のため、挙村の老少草堂に填溢し、執権の毒気一時に醒む。
共に随喜し同音に南無妙法蓮華教を唱言し、舞踊歓呼す」(一三丁)とあり、これが歌題目ならびに題目踊りの前身であるといわれている。
後「題目踊唄」「鎌倉御難」「日蓮記」「髭題目」「日蓮聖人和讃」「鬼子母神和讃」など、多種多様の和讃が作詩作曲され、青森・宮城・山梨・佐渡・千葉・静岡・和歌山・福岡など全国の信徒に伝播し、唄い踊られてきた。
千葉県勝浦浜七ケ寺の五十座説法では、高座前の「御取り持ち」と称して、説法者が高座に昇降する前後に歌題目を唄いその説法者を讃えるのである。
題目踊唄-一つとさ 東の果なる安房の国 小湊浦にて誕生なされし南無妙法蓮華経 二つとさ 双親さまの二世のため 清澄寺にて出家なされし南無妙法蓮華経 三つとさ 見捨てられぬと義を定め 建長五年に唱え始むる南無妙法蓮華経 四つとさ 夜打ち焼打ち大難も 不思議に逃れ給いける南無妙法蓮華経 五つとさ 伊豆の伊東へと流さるる 御身となるのも御題目故南無妙法蓮華経 六つとさ 無実の難に流される 流されながらも天下奉平南無妙法蓮華経 七つとさ 難に遭うのも国のため 安国論にて四ケの格言南無妙法蓮華経 八つとさ 矢先恐ろし東条の、小松原にて創を蒙る南無妙法蓮華経 九つとさ この国悪魔の世となるが 諸宗のざんそおとりあげられ南無妙法蓮華経 十とさ 科なき御身を竜ノ口 太刀ふりあげれば太刀は折れけり南無妙法蓮華経 十一以下省略 (千葉県勝浦本行寺『題目おどりうた』より)
この他の土地でうたわれている歌詞も、多くの詞風は、以上のものと大同小異であって、日蓮聖人の御伝記を語ることに基本をおいて、唱題の現世利益を讃えた歌となっている。
しかし歌詞・旋律ともに地域ごとに若干の異同が見られ、それに付随して踊りのふりにも違いがある。
現在では前出の千葉県勝浦の「五十座」の他、佐渡両津相川に伝わる「七遍返し」、京都松ケ崎の「題目踊り」、青森の「和讃大会」などが行われている。
《冠賢一「日蓮宗の和讃について」『大崎学報』一二五・一二六合併号、隆高鑑「上総勝浦浜七ケ寺五十座について」『千葉県南部文化財史料調査報告書』、『日蓮聖人事蹟事典』(雄山閣)「日蓮聖人讃歌」の項》