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祖廟輪番

そびょうりんばん #4306

祖廟輪番

そびょうりんばん

昭和三三年(一九五八)第五宗会に永倉(唯嘉)内局が提案して制定をみた「祖廟輪番奉仕規程」の祖廟輪番をいう。
ち同年四月二八日施行の『宗制』は、「宗憲」第四九条に「住職又は担任である僧侶は、六老僧の芳躅に遵い祖廟に輪番給仕するものとする」、第五三条に「檀信徒は祖師直檀の芳躅に遵い、祖廟に参拝奉仕するものとする」を規定している。
六老僧の芳躅とはこの制化の依拠を六老輪番においたからである。
六老輪番とは、日蓮聖人の遺命により六老僧が一月毎に交替して祖廟を護持する輪次守塔の制である。
しかしこの制は当時の布教、交通その他の情から実上困難があった。
そのため祖山の護持発展に支障を来たす憂慮から、波木井公の提議によって廃止され常住守塔の山主が決った。
それが現在に継承され法主と尊称されている。
従って「六老僧の芳躅に遵い」といっても、定住の山主の決っていないために行われた六老輪番と、法主の常住する現在の祖廟輪番とは本質的に異なる。
僧侶祖廟輪番は、あくまで給仕であってなんらの権限を伴うものでない。
檀信徒の輪番は直檀と異なり、住職に引率指導される特定寺院の檀信徒であるから、あくまで参拝給仕を旨とするものである。
常住守塔の法主も一般寺院住職も祖師に対する恋慕渇仰の情に変りはないところから、祖廟給仕を制化することにより、六老輪番の精神を顕現しようとしたものである。
にまた直檀であるなしにかかわらず檀信徒である限り、祖師に直参して祖廟に奉仕する信仰心は当然変りあるべきものでないとして、輪番給仕と共に参拝奉仕の規程を設け、祖廟中心の信仰に結帰せしめようとした制といえよう。
規程の内容は、祖山祖廟輪番本部を設置、管長が任命する本部長、務長その他の役職員が置かれる。
を六輪番区に区分し、三年毎に参廟して行う輪番給仕、参拝奉仕の輪番年が定められ、第一年は第一(関東地方)、第五(東北地方)輪番区。
第二年は第三(近畿、中、四地方)第四(九州)輪番区。
第三年が第二(中部地方)、第六(北海道)輪番区となっている。
輪番区に、区内宗務所長の互選による輪番区長と護持会長の互選による輪番区副長を定め管長に届ける。
輪番給仕、参拝奉仕は一日が原則で、祖廟において勤行、唱題、清掃、志納その他の方法によって行われる。
輪番本部の運営や給仕奉仕の具体的な要領は輪番奉仕細則と務長の指導による。
この規程はその後若干の改正が行われ、現在は本部長は宗務総長であり、更に本部に輪番業務を監督するため主監が設けられて身延山久遠寺の総務が宗務総長の委嘱をうけてこれに当る。
護法伝道部長は参与として運営の円滑をはかり、事務長は身延山山務員のうちから任命される。
僧侶の輪番給仕は法主の主導に従って輪番参廟し、至心に行われるが、詳細の指示は「輪番細則」及び「祖廟輪番給仕要綱」によることが示されている。
輪番区は当初の六輪番区から地区輪番に替り、名称も京浜、関東、山静、中部、北陸、近畿、中四、九州、東北、北海道輪番区と呼ばれている。
輪番区長、副区長は地区内の宗務所長の互選によって、宗務区長、同副区長とは別個に定められる。この祖廟輪番の制度は、先に廃止された宗本一体制に対する反省、追跡の中から生まれたものである。
永倉内局は、宗本一体制は祖廟と祖山とを混然とした観念のうちに促えていたところに問題があったものと反省し、問題点を追跡の結果、祖山はあくまで身延山久遠寺(宗憲第九条)であってそれは一個の法人格をもつ存在であり、祖廟は如何なる法律にも左右されることのない信仰の依処であると区別した。
そこで真の祖山(祖廟)中心の制度というものは信仰を基本とした制度化であるべきであり、法律的制約に背反する条件を必要とする祖山中心制は石積みの繰返しであるとした。
むしろ渇仰の霊域祖廟にすべての僧俗が直参して給仕奉仕し、かつての六老僧や直檀が如実に示した信仰の姿こそ祖山中心のあるべき方向とし、その制度化こそが身延中心への不壊の直道であるとした。
この提案の精神により、宗憲第三条の改正案――「祖山中心の信仰を堅持して」を「宗祖留魂の祖廟を基として信心を決定し」に改める――が提案された。
しかし宗会は、従来一般的には祖山中心と租廟中心とは同義にうけとめられているのだから、祖山と祖廟を俄かに区別できないとしてこの改正案を否決した。
その裏には、「祖廟輪番」が制度として矛盾なく実施されるためには、祖廟即祖山である身延山が全面的に解放されることの期待が潜在していたことを否むことはできない。

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