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百六箇相承

ひゃくろっかそうじょう #4199

百六箇相承

ひゃくろっかそうじょう

具名を『具騰本種正法実義本迹勝劣正伝』という。
『宗全』二巻、『富要』一巻所収。
巻首に「本因妙教主本門大師日蓮謹結要之」「万年救護写瓶弟子日興授与之」とあるが、日興門流において日蓮聖人に仮して秘書として製作されたものである。
百六箇相承』の名は脱の上の本迹勝劣五一ヵ条、種の本迹勝劣五六箇条の計一〇六(七)ヵ条の相承として伝えられたところに由来する。
本因妙抄』と本書をあわせて、日興門流では両巻血脈と称するが、本書は『本因妙抄』と同じ思想に立つものである。
ち巻首に「久遠名字已来・本因本果之主・本地自受用報身垂迹・上行菩薩再誕・本門之大師日蓮詮要」と題しているが、それは要するに久遠名字(即の本仏の)正法は本種子であり、名字童形の位であり、それに対して釈迦は迹(の仏)であるとし、日蓮の修行は前者の久遠(名字の正法・本種子の法)を今に移したものであるとの主張に立っている(種の本迹勝劣の三)。
つまり久遠名字本因妙を本とし、それより今日に至るまでの中間を迹とするとして、一般に法華において本門・迹門を論ずるにしても、その上位概念に今のことがあるとする(脱の上の本迹勝劣の二)。
それゆえに日蓮宗諸門流で争う本門・迹門はすべて中間の迹の法華経のもとでの本門・迹門の関係であり、久遠名字本因妙の法華経こそが末法下種の法華経であると主張するのである。
それを上記の一〇六ヵ条に論じた上、この法門は日蓮聖人より白蓮阿闍梨日興を総貫主として直接結要付属された唯受一人の受持血脈相承であるとし、なお日興嫡嫡付法の上人を惣貫主として仰ぐべしと記し、経巻相承直授日蓮の義は天魔破旬であるとしている。
また広宣流布の暁には上行等の四大菩薩出現して六万坊を建立し、その在所いずれであっても多宝富士山本門寺上行院と号すべきこと、日蓮聖人七回忌の後、この血脈を開いて見るべきことなどが記載されており、「弘安三年庚辰正月十一日 日蓮在御判」として伝えられている。
しかし、この後半は現存の大石寺本にはなく、要法寺本のみに存するとされているといい、いずれにしても原本が伝わらない上、その伝承についても定かでない。
従って、その内容からすると、本書と『本因妙抄』とのいわゆる両巻血脈は、本迹一致説に対して、種本脱迹の勝劣を主張し、釈尊本仏本尊に対して釈尊脱仏・宗祖本仏説を導き出すことによって、日興門流の優位を証明しようとしたものであろう。
しかし、それらはすべて日蓮聖人の教義に違背するものであり、日興門流内部で相承したに過ぎない。
執行海秀『日蓮宗教学史』、同『興門教学の研究』、望月歓厚『日蓮宗学説史』、日蓮宗宗務院『創価学会批判』》

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