妙傳寺聖典個人版 新・電子聖典

御守

おんまもり #2107

御守

おんまもり
おまもり

諸天善神の加護願って、経文、呪文、尊像を書いて常に身につけるもの。
日蓮聖人は『妙心尼御前御返事』に、「をさなき人の御ために御まほり(守)さづけまいらせ候(略)このまんだら(曼荼羅)を身にたもちぬれば(略)一切の神等のあつまりまほり、畫夜にかげのごとくまほらせ給ふ法にて候。 よくよく御信用あるべし」(定一一〇五頁)と述べているが、この書にある御守は、幼稚長寿之御守として『中山祈祷相伝』にあるという。
曼荼羅御本尊を御守として授与せられていることは、『四条金吾殿御返事』(定一三〇一頁)や、『日眼女釈迦佛供養事』「日眼女は三十七のやく(厄)」(定一六二三頁)、『新尼御前御返』(定八六七頁)、『日女御前御返』(定一三七六頁)等に出ている。
また本化の四菩薩法華経の行者を守護せられることについては、『妙法曼荼羅供養事』(定六九八頁)、『観心本尊抄』(定七二〇頁)に明らかである。
尚現在立本寺には亀若へ、本満寺には亀姫に夫々授与の護り本尊が格護されている。
本尊は、本来尊重、根本尊崇、本有尊形等の本覚的実在としての意義があるが、更に諸佛集、功徳聚、輪円具足の義を持つ。 更に法師功徳品に「梵天王魔王自在大自在是の如き諸の天衆常にその所に来至せん諸佛及び弟子その説法の音を聞いて常に念じて守護し或時は為に身を現じたまわん」等諸天守護の明文ありて、是れ寿量品「或説己身或説也身等云々」(定一六二三頁)を根拠とする。
怖畏、怨霊、悪獣、災横、厭祷、疾疫、毒薬呪等には紙、木、金属等を材料とし、仏神の尊号要文神呪等を書いて恒に身につけるならば、これらの一切の諸悪は退散せしめることができると信じて仏神の尊影の摺形、名号、小形の経巻、陀羅尼、守本尊等を袋に入れて首にかけ、あるいは腰に下げ、あるいは腕に結び、あるいは肌に著ける胸守、懸守(掛守)、筒守、上寄守(かみよりがかうよりに、更にこよりに転じた。
紙を細く切り縒(よ)って糸のようにしたもの。 これを数本縒り合せて観世縒(かんぜより)という)、敷守(病床の下に敷く守、初夢の宝船の絵等)、秘妙五段守(細長い紙片に御本尊を認め、その次に秘妙五段に配当した符を連ね、鬼子母神像を画き、または宗祖を勧請し、これを巻物とする守)をいう。
これらの他にもの戸口、台所、便所に守札を貼る。
小紙片に僅少の陀羅尼を記したものを護符、神符、辟鬼珠といい、護符が像に代って符に対する信仰の具体化したものが守本尊である。
自らの生年を十二支に配したり、諸菩薩の中より三〇尊を選び、一ヵ月三〇日に配して誕生日に当る諸尊を定める。 これを三十日秘、三十日名といい、また北斗七星延命経により、七星を生年に配当して守本尊とする。
これらの守本尊として諸尊を配当し、あるいは守札に対して守護を願うのは、自らの一族の繁栄守護に任ずるという氏神を尊崇する信仰より発したものといわれる。
ち家内安全、商売繁昌、心願成就、当病平癒、息災延命、除厄、安産成就、交通安全、受合格祈願等を祈念して守札を身につけるのである。

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