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妙心尼

みょうしんあま #1495

妙心尼

みょうしんあま

生没年未詳。 日蓮聖人檀越で、駿河(静岡県)の某氏の妻という。 はっきりしたことはわからず、その夫も西山氏あるいは高橋氏と伝えられ、詳かでない。
聖人よりの書状が三通、「妙心尼御前御返」として伝えられている。 一通は尼の幼児のために与えられたもの(建治元年=一二七五=八月二五日)(定一一〇五頁)、一通は尼の夫の病気に際して与えられたもの(弘安元年=一二七八=八月一六日)、最後の一通は尼の夫の死後を慰めるために与えられたもの(弘安三年五月四日)(定一七四七頁)である。
いまこの三通の書状によって妙心尼信仰生活をみてみると、次のようなことが知られる。 尼は早くより法華経を信じていたが、夫の長病を縁として法華経の信仰に入り、夫の病中髪を剃って尼となった。 そして夫の死後は益々深く聖人帰依し、供養を怠らなかったという。

【補記】三通の『妙心尼御前御返事』のうち、八月一六日付(定一一〇一頁)と八月二五日付(定一一〇五頁)の二通は建治元年(一二七五)五月四日付の一通は翌建治二年と推定される。また近年の研究により、この妙心尼は富士西山河合入道の息女で高橋六郎兵衛入道の妻であり、持妙尼および窪尼と同人であると考えられている。「持妙尼」項の補記を参照のこと。
《『遺文事典』歴史篇「妙心尼」の項、『昭和新修』別巻「妙心尼」の項、池田令道「日興聖人書写御書の考察」(『興風』一三号》

 

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