法華観智儀軌
法華観智儀軌
ほっけかんちぎき
一巻。
唐不空(七〇五-七七四)訳。
大正一九、卍二六・一〇収。
大暦八年(七七三)九月一日訳といわれる(『阿娑縛抄』所載の円仁将来本奥批)。
ただし不空訳ではなく、不空造であろう。
具名を『成就妙法蓮華経王瑜伽観智儀軌』といい、略して『法華観智儀軌』『法華経儀軌』『法華軌』『観智儀軌』等という。
『阿娑縛抄』に「此軌、如来所説の儀則に非ざる歟、不空三蔵経旨を得て密行に依りて修すべきの様を経に顕す歟」(仏全二八九上)という。
比較すると、本軌は智顗の『法華三昧行法』の差定と酷似しており、恐らくこの行法を下地として漢土にて製作したものに違いない。
その梵本が空海の『御請来目録』に見えるが、まず梵書し、次にこれを漢訳したと見ればよい。
経法部の法華経の本軌である。
内容はまず二七品(提婆品を欠く)の大意を述べた偈頌、次に四縁具足、次に結界及び法華曼荼羅の建立、法華経の瑜伽行法の四段からなる。
二七品大意では最初の六句に「帰命釈迦牟尼仏(略)我今依於大教王 遍照如来成道法」とあり、大教王とは『金剛頂経』、遍照如来成道法とは『大日経』である(『薄草紙口決』三)から、本軌は金胎両部合行である。
『善無畏鈔』に「不空三蔵の法華経の儀軌には大日経・金剛頂経の両部大日をば左右に立て、法華経の多宝仏をば不二の大日と定て」(定四一〇頁)とあるのは、この両部合行の面を潤色した表現である。
またここで二七品の名を次第に随って列挙しているが、嘱累品を経末に置くのは、不空が『添品法華経』に依ったことを示しており、『撰時抄』にこれを非難して「不空三蔵は誤る事かずをほし。所謂法華経の観智の儀軌に寿量品を阿弥陀仏とかける、眼の前の大僻見。陀羅尼品を神力品の次にをける、嘱累品を経末に下せる、此等はいうにかひなし」(定一〇二二頁)と。
四縁具足とは親近善智識(灌頂阿闍梨)・聴聞正法・如理作意(瑜伽)・法随法行(止・観)の四を具足せねば法華経の観智を成就することはできぬということ。
三に法華曼荼羅とは「其壇三重 当中内院画八葉蓮華 於華胎上置窣覩波塔 於其塔中書釈迦牟尼如来多宝如来同座而坐 塔門西開」とて、八葉蓮華を中胎に画くから、法華曼荼羅の地盤は大悲胎蔵曼荼羅である。
また塔中二仏並座は『本尊問答鈔』に「不空三蔵の法華儀軌は宝塔品の文によれり」(定一五七四頁)とあるから、虚空会の迹門分の儀相である。
なお先引の『撰時抄』に「寿量品を阿弥陀仏とかける、眼の前の大僻見」とあったが、本軌にはそういう明文はない。
ただし法華瑜伽の三密加行を説く中に「次に無量寿命決定如来の真言七返を誦す」とあり、『蓮華三昧経』で寿量品の曼荼羅を画くときに「無量寿命決定王如来」を八葉の中胎に置く。
これを無量寿仏と見れば『撰時抄』の評言が生れることになる。
四に法華瑜伽。
修行の目的は「六根清浄を求めて六千功徳を満足し、法華三昧を成就す」というから、天台の法華三昧と同目的。
本尊を図し終ってこれを道場の東壁に懸けて道場を荘厳する。
入道場に際して行者は澡浴浄身、着座して至心運想、閉目して普賢行願を思惟。
次に読経、法華三昧では安楽行品を読むが、今は寿量品を念誦する。
次に印契・真言が長々と連ねられるが、五相成身までは胎蔵法、以後は金剛界法による。
その差定は大体において『法華三昧行法』に当てはめることができる。
《塩田義遜『法華教学史の研究』、浅井円道「本尊論の展開」『中世法華仏教の展開』、『遺文辞典』歴史篇「法華経の観智の儀軌(ほけきょうのかんちのぎぎ)」の項、『大蔵経全解説大事典』「一〇〇〇・成就妙法蓮華経王瑜伽観智儀軌」の項、『仏書解説大辞典』「成就妙法蓮華経王瑜伽観智儀軌」の項)》