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六根清浄

ろっこんしょうじょう #757

六根清浄

ろっこんしょうじょう

の知覚を構成する六つの感覚器官、認識能力である眼(視覚)、耳(聴覚)、鼻(嗅覚)、舌(味覚)、身(触覚)、の五感覚器官と認識し思考する意(心)のことである。それらが、けがれが払らわれて清らかになること。
の身心が煩悩を払い、功徳を満たすことによって清浄になることをいう。
法華経では常不軽菩薩品に「この経を聞くことを得て六根清浄なり」とあり、法華経の聴聞や受持・読誦・書写などにより六根清浄となると説かれている。
法師功徳品には「若(も)し善男子・善女人にして、この法華経を受持し、若しくは読み、若しくは誦し、若しくは解説し、若しくは書写せば、この人は当に八百の眼の功徳、千二百の耳の功徳、八百の鼻の功徳、千二百の舌の功徳、八百の身の功徳、千二百の意の功徳を得べし。この功徳をもって六根を荘厳して皆、清浄ならしめん」とある。
最澄の『法華秀句』の「即身六根互用勝七」によると、これは六即の中の相似即位の功徳であり、その上に分真即位の功徳として即身成仏があるとされる。
日蓮聖人遺文には『秀句十勝鈔』『和漢王代記』等に記述がある。
山岳信仰の登攀中や、滝行などにも広くえられ、また近代では登山者が災害除去の祈願の言葉として唱える。
日蓮宗では、
加行所の水行肝文の冒頭に「若持法華経、其身甚清浄、不染世間法、如蓮華在水、得聞斯経、六根清浄、神通力故、増益寿命」とあるが、よく日蓮宗祈祷修法の要諦を表現している。
《『遺文辞典』教学篇「六根清浄」の項、『天台学辞典』「六根清浄」の項》

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