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法華啓運抄

ほっけけいうんしょう #3833

法華啓運抄

ほっけけいうんしょう

五五巻。
円明院日澄(一四四一-一五一〇)著。
文亀三年(一五〇三)完成。
法華経二八品の文々句々の義書。
日蓮宗の法華経講述書として代表的なものであり、中世末期の日蓮宗学を知る上でも貴重な資料である。
日澄は字は啓運、円明院と号し、京本寺一〇世成就院日円の弟子である。
身延行学日朝より一九歳年少。
文明一一年(一四七九)頃、京より伊豆に下り、三崎に円明寺を創し、鎌倉妙法寺に入って隠居した。
文明一五年(一四八三=四三歳)妙法寺本堂において法華経を講説し始め、二〇年後、六三歳の時に清書して著したのが、この『法華啓運抄』である。
日澄には他に『法界一念抄』『本迹決疑抄』『嘉会宗義抄』『助顕唱導文集』等の宗義書があり、最も有名なものには『日蓮大聖人註画讃』五巻がある。
一致派で行学日朝と並び称される学匠であった。
永正三年(一五〇六)伊豆韮山に本立寺を創建し、同七年七〇歳で寂す。
本書は日澄の独自な法華経解説書というよりも、文々句々について「諸著作」の解釈を列記し、その中から一定の方向をめざそうという述形態をとっている。
従って本文は各注釈書から集められた多数の引用文から成りたっている。
その引用文のに断片的に「私云澄」等として日澄の解釈が述べられるのである。
その日澄の注釈態三大部を基本としながら宗義と関連づけ、日蓮聖人の法華経解に導こうとしている。
六巻に本書の著述目的について「此の抄に記す所の法門、本末・釈意・当家の大綱、御書に取合せ之を談ずること日澄愚案の法門なり、後見取捨有るべきか。深く之を秘すべし」(六一丁)とあり、その意を窺うことができる。
構成は一巻二巻が首題見聞で、三巻から八巻までが序品見聞、一四巻までが方便品、二〇巻までが譬喩品、二二巻までが信解品、二五巻までが薬草品、二六巻が化城品、二七巻が五百品、二八巻が人記品、二九巻が法師品、三〇・三一巻が宝塔品、三四巻までが提婆品、三五巻が勧持品、三六・三七巻が安楽品、三八・三九巻が涌出品、四〇巻から四二巻が寿量品、四三巻が分別品、四四・四五巻が随喜品、四六巻が不軽品、四七・四八巻が神力品、以下ほぼ一巻ずつ勧発品見聞までとなっている。
一見して迹門に重点が置かれていることがわかる。
これは三大部を依拠としたところからくるのであろう。
各品の巻頭には大意、宗意が記され、法華経の中での位置が簡単に記されている。
本書について渡辺宝陽は、その内容、特に宗学的特徴を指摘して、(1)日蓮宗天台宗を超克していることの確認、(2)折伏の強調、(3)謗法意識、(4)唱題勧奨、等が挙げられるという。
これらの特徴は近世の摂受主義的日蓮宗学と明瞭な対比ができる。
一〇〇年後、同じ本寺(本圀寺)系の日重、その弟子日乾・日遠によって日蓮宗教学は折伏から摂受へ、観心重視の台学偏重への内省的転換がなされていくのである。
その意味でもこの『啓運抄』は日蓮宗学史上重要な述書であり、近世においてかなり広く流布していたもようである。
《渡辺宝陽『日蓮宗信行論の研究』》

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